若者の起業、事業継承も始まった

地方で起業する? しかも、地場産業で…? 思わずそんな驚きの声を上げてしまいそうな実例が、兵庫県豊岡市にある。

兵庫県最北に位置する豊岡は、知る人ぞ知る日本一の鞄の産地だ。だが、OEM(ブランド委託生産)が中心だけに、その事実はあまり認知されていない。中には、国内有名メーカーやパリコレクションにも出ているようなブランドのバッグ製作を担当する会社もある。

しかし、高度経済成長期からバブル期にかけて隆盛を誇った鞄産業も、円高や経済のグローバル化で生産拠点がどんどん海外に移っていった。1990年のバブル期をピークに、製造品出荷額は往時の4分の1ほどに落ち込んだ。国内の多くの地場産業が直面したように、豊岡もまた極めて厳しい状況に陥ってしまった。

ところが2004年を底に、豊岡の鞄産業は少しずつ息を吹き返している。出荷額も伸びを示し、地場産業に従事する従業員数も増えた。職人育成専門校も開校、今や全国から希望者が集う。その軌跡は前回記事でも記した。

こうした動きに加えて、若い世代が鞄業界での起業に踏み出したり、世代交代で事業継承が行われたりし始めた。さらにいま、地元を代表する鞄メーカーが採用や働き方の改革を推し進めているのだ。

鞄作り「経験なし」から始めて

豊岡市の中心部、豊岡駅から歩いて15分ほどの場所にある通称「カバンストリート」。2004年に商店街が名称を変え、鞄産業の拠点として様々な取り組みを進めてきた。

今では鞄の専門店や修理工房などのショップが軒を連ね、街路には鞄の自動販売機や鞄をモチーフにしたオブジェが並ぶ。その一角に2015年にオープンしたのが、革のバッグのオーダーメードショップ「オルターエゴ」だ。

「オルターエゴ」の店内

上質の革を使った「革袋」がコンセプト。お店には、色とりどりのバッグが並ぶ。デザインはとてもシンプルだが、質感の良さは素人の私が見てもよくわかる。

「革には1枚1枚、すべてに個性があるんです。だから、同じ色や形でも、微妙に変わるんですね。オーダーメイドだから、大量生産のものとは異なる自分だけの1点が作れるんです」

こう語るのは、オーナーの土生田直樹さん。カラフルな鞄が目立つ店内に惹かれて、オープン直後から続々と来客があり、オーダーメイドならではのつくりの良さが評判を呼んで、次々に受注が入るようになったという。

土生田さんは豊岡市出身。インテリアデザインの専門学校を出た後、神戸で建築関係の会社に就職。その後、豊岡に戻り、鞄の材料の店などで働いたのち、37歳でオルターエゴをオープンさせた。しかし実は、鞄製造の経験はなかった。

「革の鞄が作ってみたくて、自分でミシンを使って縫うようになったんです。カバンストリートでは、カバストマルシェというイベントを定期的に開催していまして、そのイベントで作った鞄を初めて販売したところ、これがとても好評でした」

自分でオーダーメイドの店舗が持てるのではないか、と考えていたとき、カバンストリートで現在の店舗の物件と出会った。うまくいくか不安もあったというが、思い切って資金も借り入れ、自分の店を持つことを決断した。

「実はその少し前、脳腫瘍ができて、生死の境をさまよったことがあったんです。病気が自分を生まれ変わらせてくれたところもあったと思います。朝、目が覚めたとき、今日も生きている、と感じるだけでうれしい日々が続きましたから。だから、何か新しいことがしたかったんです」

「オルターエゴ」オーナーの土生田さん