中小企業の事業承継をスムーズに進めるには、親族間であっても慎重な対策が欠かせない。本記事では、日本経営ウィル税理士法人代表社員税理士・東圭一氏が、先々の遺産分割を考慮した事業承継の重要性を解説する。

「相続時精算課税制度」を活用し、自社株を取得

甲の経営している会社は、甲自身が企画した新製品が当たって、毎年数10億円の利益を出す会社に成長していました。新製品が出る前までは、地域の中堅の企業として、毎年数千万円程度の利益の会社でした。

 

新製品がヒットし、急成長が見込めることから、先代と息子である甲は、事業承継について、顧問税理士に相談しました。すると、すぐに先代の株式を甲へ贈与し、相続時精算課税制度を使って申告すれば1500万円ほどの贈与税負担で済むが、3年後では5000万円以上の贈与税負担になるとのことでした。そこで、甲は先代から会社の株式を贈与してもらい、贈与税を支払いました。

 

相続時精算課税制度(相続税法21条の9)とは、60歳以上の贈与者が、20歳以上の法定相続人に対して、財産を贈与した場合、財産の価額から2500万円を控除した残額の20%相当の贈与税を負担するという制度です。

 

例:贈与財産(株式)の価額 1億円 
  贈与税は、(1億円-2500万円)×20%=1500万円となります。

 

名前のとおり、相続時に精算課税される贈与税であって、将来、相続が起きたときには、贈与で財産を渡した分を含めて、相続税の計算が行われます。したがって、相続が起きたときには、贈与で移した財産1億円を含めて、相続税を計算し、納付すべき相続税が2000万円であるとすると、既に1500万円の税金の前払いが行われているので、500万円を納める形になります。

株式の贈与は「特別受益」に該当するのか?

10年後、先代が亡くなりました。先代は、会社株式の贈与をしたので、事業承継は完了と考えていたようで、遺言書は用意していませんでした。

 

先代が遺した財産は、金融資産が4億円、不動産が10億円で合計14億円です。不動産は、会社の工場の敷地で、会社経営に不可欠な財産です。相続人は、甲、乙(甲の妹)の2人。先代の妻は数年前に他界しています。

 

遺産分割協議の席で、甲は、自身が会社を承継しているので、不動産10億円を相続し、乙には金融資産4億円を相続する遺産分割を提案しました。ところが乙は、不動産が会社の経営に不可欠なら会社に買い取ってもらい、現金にして、甲、乙が平等に相続することを希望しました。

 

遺産分割協議がまとまらないので、甲は事業承継に詳しい税理士に相談しました。その税理士からは、遺産分割を考えるうえで、甲が生前に受けた財産が、特別受益(民法903条)に該当する場合、先代が残した財産14億円に、相続人が受けた特別受益の額を加算して遺産分割を考えることを提案されました。いわゆる特別受益の持ち戻しといわれるものです。

 

民法が特別受益の持ち戻しを定めているのは、特別受益を得た相続人と特別受益を得ていない相続人との公平を図るためです。特別受益の対象となるものは、①遺贈、②婚姻・養子縁組のための贈与、③生計の資本の贈与の3種類です。

 

生計の資本の贈与は、生計の基礎として役立つような財産の贈与と考えられ、居住用の不動産の贈与、不動産取得のために金銭贈与などが該当しやすいです。今回の株式の贈与が、生計の資本の贈与に該当するかどうかは、贈与の趣旨、贈与金額などから総合的に判断されることになります。

 

仮に、甲が先代から贈与により取得した会社株式が、特別受益に該当することになった場合に、具体的な甲、乙の相続分を計算してみます。

 

会社株式の価額(相続開始の時点の価額)が16億円とすると、先代の遺産14億円に、甲の特別受益を加算すると30億円になります。

 

甲の相続分 30億円×2分の1(法定相続分)-16億円=△1億円

 

相続分以上に特別受益があったとしても、返金する必要は、ありません。甲の相続分が0円となるだけです。結果として、甲の相続分が0円なので、先代が残した財産の全部(14億円)は、乙の相続分となります。     

争いを避けるため「持ち戻し免除」は生前に意思表示を

甲は「今の会社を成長させたのは、自身の企画から生まれた新商品」であると考えているようで、自身の取り分が0円というのは、納得いかない様子でした。特別受益に該当するか、該当しないかの判断は非常に難しいです。そもそも特別受益の持ち戻しを免除にしておけば、次のとおり、甲の相続分は7億円となったのです。 

 

甲の相続分 14億円×2分の1=7億円

乙の相続分 14億円×2分の1=7億円

 

持ち戻し免除は、生前の意思表示で可能です。争いを避けるためには、書面での黙示でかまいませんので、意思表示を残しておくことをおすすめします。

 

「相続時精算課税」を適用した場合は、相続開始時、被相続人が残した財産に、贈与時の財産の価額を加算して相続税を計算します。相続時精算課税の適用を受ければ、相続財産に加算する財産の価額は、贈与時点の価額であり、使い方によっては、税負担を抑制できます。

 

一方で「特別受益の持ち戻し」は、相続開始時、被相続人が残した財産に、相続人が受けた特別受益の額を加算して相続分を計算します。持ち戻しは、免除の意思があれば、相続財産に加算する必要はありません。今回は、先代の免除の意思が確認できないことから、持ち戻しされました。

 

事業承継を検討するうえで、生前に贈与する場合には、相続税の負担だけではなく、遺産分割のことも考えておくことが重要です。まず第一に持ち戻し免除の意思も含めて遺言書を残すこと。そして、もし先代が、生前に甲、乙に事業承継の意義を説明し、納得が得られていれば、乙も今回の甲の提案に理解を示し、すべては円満に進んだのではないでしょうか。

 

 

※ 本稿は執筆時点における一般的な内容を分かりやすく解説したものです。実際の税務・経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、税理士など専門家にご相談のうえ、ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。

 

 

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