事業継承を果たした後に安定した経営を行うには後継者に会社の株式を集中させることが重要です。
そのためには税金と遺産分割についても対策を講じておく必要があります。
現経営者に役員退職金を支給することで両者に対してメリットが生じるので、まずはどのような節税効果が生まれるのか見ていきましょう。
役員退職金が節税につながる理屈は次の通りです。
経営者の退職金は高額になりやすいので、大幅な節税効果が生じるでしょう。
ただし、役員退職金が特別損失として計上されるのは適正な金額の範囲内に限られます。
税務調査で「不相当に高額」と判定された分は特別損失から省かれることになるので注意しましょう。
役員退職金の適正範囲は税務署の総合的判断で決まるもので、具体的な算定法は定められていません。
税理士などの実務では、業種・地域・事業規模などに応じて役職ごとに功績倍率(中小企業では通例2.0~3.0程度)を定め、次の計算式で算定しています。
退職金にかかる所得税は以下の通り勤続年数に応じた優遇があります(※2)。
退職所得控除額の算出方法は、以下のとおりです。
また、退職所得に対する所得税額は以下の速算表を用いて計算されます。
課税退職所得金額(1,000円未満の端数切り捨て) | 税率 | 控除額 |
1,000円~1,949,000円 | 5% | 0円 |
1,950,000円~3,299,000円 | 10% | 97,500円 |
3,300,000円~6,949,000円 | 20% | 427,500円 |
6,950,000円~8,999,000円 | 23% | 636,000円 |
9,000,000円~17,999,000円 | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円~39,999,000円 | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円~ | 45% | 4,796,000円 |
注)役員退職金の特例(役員勤続年数が5年以下の場合):退職金のうち、役員としての勤続に対して与えられる部分については、上記計算式で「1/2」を「1」として計算
中小企業の経営者の勤続年数は長い年数になりがちなので、大きな控除が得られる可能性があります。
その上で、課税対象額がさらに半分になる(引退時点で役員勤続5年以下という経営者はあまりいないでしょう)ので、控除について理解しておくと節税効果を高められるでしょう。
また、退職金は他の所得とは分離して課税されます。たいていの場合、この点でも通常の所得よりも有利です。
役員退職金そのものも、当人の老後の資金とするだけでなく、継承対策としての使いみちがあります。
贈与税・相続税の納税資金に回せますし、親族内不和を引き起こさないよう、後継者以外の親族の相続分に充てることもできます。
遺産は残す当人の意志で完全に自由にできるわけではありません。
民法では、当然の権利として遺産を相続できる人(法定相続人)と相続額(遺留分)を定めており、他の相続人が不相当に高額な遺産を受け取った場合には自分の遺留分を請求して取り戻すことができます。
生前に贈与されたものも、生活の質に大きく影響する程度のものであれば遺産の前渡しと見なされて請求対象となります。
会社の株式の大半を贈与するのはこれにあたるので注意が必要です。
事業継承の際には、のちのち親族によって遺留分を請求されるといった事態が起こらないよう注意しなければなりません。
役員退職金として支出を増やせば株価は下がるので、後継者が受け取る資産の総額を減少させることにもつながります。
つまり、事業承継後の相続争いを防ぐという面でも退職金の支払いは有用なのです。
事業承継やM&Aを行う際に退職金を支払うことで、どのようなメリットが得られるのでしょうか。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
株式譲渡所得に対する所得税は次のようになっています(※3)。
所得税=譲渡所得×15%
注)取得費とは株式を取得した際の費用。創業者である経営者が会社を譲渡する場合なら取得費=資本金。
上記の通り退職金の所得税が優遇されていることを利用し、株式譲渡の際に「双方で合意した譲渡額から退職金を差し引いた金額」を「実際の譲渡額」とすることで、所得税の節税を行いやすくなります。
売り手側の経営者が受け取るのは「実際の譲渡額+退職金=合意した譲渡額」なので、いずれにしても収入は同額ですが退職金の控除部分で節税効果が高くなるのです。
買い手側にとって見れば、退職金は売り手側の企業から出るものなので、その分だけ元手が少なくて済むというメリットがあります。
元手が少なくて済むということは買い手がつきやすいということですので、売り手にとってもメリットになります。
事業継承に現経営者への役員退職金を組み込むことは、主要関係者の全員にメリットがある方法と言えます。
ただし、実際の退職金額や株式譲渡額との比率などについては税理士などと相談して慎重に決める必要があります。
今回の記事では触れる余裕がありませんでしたが、退職金の原資をどう用意するかという問題があります。
これについては、会社の内部留保や資金借り入れを利用するほか、生命保険の解約払戻金をあてる方法などが考えられるでしょう。
どの選択がベターなのか理解するためにも、事業承継やM&Aでお困りの方はぜひご相談ください。
参考URL
※1
国税庁「取引相場のない株式の評価の原則」
国税庁「類似業種比準価額」
※2
国税庁「退職金と税」
※3
国税庁「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」