自己株式は事業承継やM&Aで重要な種類の株式となります。この記事では自己株式を取得するメリットやデメリット、気を付けておくべきこと、規制、会計といったことを一通り解説しているので、是非参考にしてみてください。
「自己株式」という言葉だけ聞くと難しく聞こえるかもしれませんが、なるべく専門用語を用いないように解説しているので、会社法に詳しくない方でも安心して読み進められます。
まずは「自己株式」という株式がどんなものなのか、詳しく見ていきましょう。
自己株式とは、自社が発行した株式を、株主ではなく自社が保有している場合に用いられる言葉です。
本来であれば株式は、株式会社が事業に必要な資金を確保するために株主を集い、代金と株式を交換して、資金調達を果たすためのものです。これを株式の発行体である株式会社が株主も兼ねるという状況になるので、ふつうであれば株主に認められるはずのメリット「共益権」が損なわれてしまいます。
自己株式は発行体である企業が株主になるので、共益権が失われます。まずは、自己株式と普通株式の違いを解説するために、一般的な株主に認められている2つの権利「自益権」と「共益権」について紹介します。
自益権:「利益配当請求権」(利益が出た際に配当金をもらえる権利)や「残余財産分配請求権」(倒産する際に余った財産を分配してもらえる権利)がある。
共益権:「単独株主権」(株主総会での議決権が認められる)と、「少数株主権」(一定数・一定期間の株式を保有している場合は株主総会を開いたり解散請求ができる)がある。
普通の株式であれば、出資者に上記の2つの権利が認められます。しかし、自己株式の場合は共益権が認められません。
もし自己株式においても共益権が認められてしまうと、公平であるはずの株主総会で自社が議決権を保有できてしまうため、株主総会で出てきた議案に自社が多数の票を持ったまま賛成できるようになってしまいます。これでは株主総会の意味がありませんし、株主の意向を考慮せずに好きなように運営ができてしまうでしょう。
こうした自体を防ぐため、自己株式には共益権が認められていない、という大きな特徴があります。
自己株式は、株式に与えられる権利の一つである「共益権」が失われます。その権利を捨ててまでも取得をするのにはそれだけの意味があるからです。
ここでは、自己株式を取得する際に注意しなければならないポイントや、取得するメリットについて解説します。
自己株式の取得とは、「企業が一度発行した株式を、市場や保有株主から買い戻すこと」を指します。
とはいえ、無条件に株主から株式を買い戻して良いわけではありません。自己株式の取得に関しては、いくつかの規制が設けられているので、その規制に触らないよう取得しなければなりません。まず、知っておかなければならないのは「株主平等の原則」です。
株式の世界では、特定の株主にだけ利益を与えたり、資本を回収する機会を与えてはならない、という原則が成立しています。これに抵触しないよう、自己株式の買取を進めなければなりません。例えば、自己株式を取得する際に、多数の株主の中から「Aさん」だけに特定して「自己株式にしたいので、株式を売ってください」と申し出てしまうと、株主平等の原則に反していますよね。BさんやCさんも株式を売却して資本を回収したいかもしれません。
そのため、基本的には株式を売ってもらう相手を「Aさん」などとあらかじめ決めずに、「不特定株主からの取得」という形で
を明示し、ひろく株主に「株を売ってくれませんか」と呼びかけます。これについては、記事の後半で詳しく解説しています。
また、株主からの申込みを受けて買取を行うたびに、株主総会での賛成が必要となるので、注意しましょう。
このように、自己株式を取得するには面倒な手続きが必要となりますし、共益権の制限も受けてしまいます。
それでも自己株式を保有することで、企業の置かれている状況によっては大きなメリットが生まれることがあります。その代表例をいくつか挙げておきましょう。
実は自己株式は「金庫株」とも呼ばれていて、様々な不正につながるとして、自己株式の取得は会社法で禁止されていました。それが平成13年の法改正によって規制が緩和され、自己株式の取得が認められるようになりました。その結果、上記のようなメリットを受け取るために自己株式の取得に乗り出す企業も増加したのです。
上記のメリットについて、詳しく見ていきましょう。
発行している会社が株価の数値に満足していない場合などに、数値を引き上げて目標を達成するために自社株買いを行うことがあります。
一般的には、経営指標としてROEの数値を掲げている会社が多く、それをクリアするために自社株買いを行うケースが多いようです。
ROE(自己資本比率)とは、企業が自己資本をいかに効率的に運用して利益を生み出したかを表す指標をさします。
敵対的買収はM&Aの手法の一つです。買収対象会社の経営陣の合意を得ないまま株式を取得し、経営権の獲得を狙うというものです。
この敵対的買収を防ぐために自社株買いが行われます。自社株買いを行うと、株式の発行総数が減り株価を引き上げる効果があります。
つまり、買収を行おうとしている会社が株式を取得するコストを釣り上げられるのです。
敵対的買収では、経営権を獲得するために株式の総発行部数のうち2/3以上を取得する必要があります。株価が上がることで、買収に必要な想定コストを上回りM&Aを諦める可能性が出てきます。
M&Aでは、買収企業との合意のもとに株式交換や会社分割など株式を対価とするものがあります。対価とする株式は、新株発行もしくは発行済みの自己株式のどちらかを使います。
新株発行をするのはあまり好まれません。株式の数増加による株の希薄化や新株発行の手間など、様々なデメリットがあります。
それに比べて自己株式を使用する場合は、費用や手間も少なく株が希薄化することもないのでメリットが大きく、このようなケースでは選ばれやすいという特徴があるのです。
非上場企業では、後継者へ事業を承継させる場合に自己株式を取得する方法がよく使われます。
会社を引き継ぐ後継者は株式相続の際に、多額の相続税が課されます。近年、M&Aではなく、後継者への事業承継を考えている会社にとって大きな問題の一つとなっているのがこの相続税。理由は、後継者に現金がない状態で相続税が課されてしまうため、事業を受け継いだ後に新規事業を立ち上げにくくなったり、経営が苦しくなる可能性をはらんでいるためです。
この対策として会社が後継者から株式を取得し、自己株式とします。後継者の持ち株数は減少しますが、企業が自己株式を取得する対価として、後継者に現金を支払えるので、後継者は相続税の納税をこなせるようになります。
中小企業でも多数の株主に株式が分散している場合、少数株主を整理するために自己株式取得が行われることがあります。
多数の株主に分散していると株主管理に手間や費用がかかります。また、株式には共益権があるので、分散していると意思決定がスムーズにできなくなります。少数株主から自己株式を取得することで、株主管理と意思の決定が円滑にできるようになります。
自己株式を取得することで、株主の持ち株比率に影響を与えられます。持ち株比率と株主の権限の変化を下記の表でお伝えします。
持ち株比率3%以上 | 株主総会の招集を請求したり、経営に関してさまざまな提言ができるようになります。ただし、3%では意見は言えても強制力はないので、経営幹部が受け入れなければほとんど意味がありません。 |
持ち株比率25%以上 | 株主総会での影響力が強くなりますが、一人だけでは影響力を持てません。他の株主と協力して影響力を高めると、会社の重要な決定事項を動かすだけの力が出てきます。 |
持ち株比率33.3%以上(1/3) | 株主総会の特別決議に対する拒否権を一人で持つことができます。事業承継やM&Aなどの会社の未来を決める話や、存続に関わる決定事項に小さくない影響力を持つようになります。 |
持ち株比率50%以上 | 株主総会の普通決議を単独で成立させられます。ただ単独の特別決議の場合は単独で成立させることができないので重要な決定の際にはスムーズにいかないことがあります。通常の事業経営ではスムーズな意思決定を行えます。 |
持ち株比率66.6%以上(2/3) | 2/3以上持ち株を持つようになると、会社の決定権はほとんど持っている状態になります。さらに持ち株比率が90%を超えると「特定支配株主」になります。特定支配株主は、合併の際の株主総会の省略ができたり、少数株主の保有株主を本人の同意なしに買取ができます。 |
自己株式の発行や取得はメリットづくめというわけではありません。ここでは自己株式にまつわるデメリットを簡単に解説します。
自己株式を取得すると、資金繰りが悪化してしまいます。自己株式を取得する際は現金で買い取るので、購入する株数によっては多額の資金が必要となることもあるでしょう。法人にとって資金のプールがなくなるのは悩みどころです。
自己株式を取得する際には資金力を確認して十分な安全性を持って行う必要があります。
「自己株式を処分する」とは、市場から買い取った自己株式を再び売却することです。買収と正反対のことが起きるのは想像できると思います。市場に流通する株の総数が増えるので1株当たりの株価が下がります。
また、処分するためには取締役会の決議などの手続きが必要になります。
自己株式には法律で決まっている規制があります。会計処理も見慣れるまでは少し解釈するのが大変かもしれません。もし読んでわかりづらければプロに相談して解説をお願いしましょう。
自己株式の取得手続きは3種類あります。
いずれの手段を取ったとしても、非上場会社がある株主から自社株を買い取る場合、他の株主からも同じように自社株を買い取る機会を与えないと平等ではなくなってしまうので、自己株式を買い取るかどうかは、株主総会の特別決議で承認を得ることを原則としています。
自己株式を取得する金額に制限をかける「財源規制」もあります。
自己株式取得日における分配可能額の範囲内であれば、自己株式を取得することができます。逆に言えば、分配可能額を超える自己株式の取得はできないということです。
自己株式取得検討の際には事前に分配可能額を把握しておく必要があります。
細かく見るとややこしくなりますが、ここでは表でまとめておきます。
財源規制のあるもの | 財源規制のないもの |
①取得条項付株式において条件が成就し取得する場合 ②譲渡制限株式の譲渡を承認せずに会社が買い取る場合 ③株主との合意により有償で取得する場合 ④取得請求権付株式の取得請求に応じる場合 ⑤全部取得条項付種類株式を総会決議に基づき取得する場合 ⑥譲渡制限株式の相続人等に売渡請求して取得した場合 ⑦所在不明株主の株しい売却制度に買い手として応じる場合 ⑧端数処理手続きに買い手として応じる場合 | ①単元未満株式の買い取り請求に応じて取得する場合 ②事業の全部を譲受による取得の場合 ③吸収合併による承継の場合 ④吸収分割による承継の場合 ⑤無償取得する場合 |
自己株式を取得した際は、貸借対照表に以下のように記載します。
(自己株式を取得する前)
借方 | 貸方 |
資産 2000 | 負債 500 資本 1000 当期純利益 500 |
(自己株式を取得した後) ※自己株式=現金で200円で購入。
借方 | 貸方 |
資産 1800 | 負債 500 資本 1000 当期純利益 500 自己株式 ▲200 |
実際に自己株式が計上されるのは純資産の部の「株主資本の控除項目」になります。
簡略化した上記の貸借対照表からも分かるように、様々なメリットと引き換えにキャッシュフローを悪化させてしまうデメリットがあるので、注意しましょう。
かなりかみ砕いてお伝えしてきたつもりですが、それでも最後まで読むのは大変だったかもしれません。自己株式の取得には、会社法をはじめ株主総会や会計処理など複雑なことがいろいろ含まれています。それでも中小企業の代表が事業承継を考える際には、頭に入れておかないといけないポイントです。
事業承継を行う際には自己株式や株価などのテクニカルな分野についても深い理解が求められます。複雑な会社法や税法についての専門家をはじめとして、事業承継士も含めた専門チームが現代表や後継者の相談にのり、スムーズな事業承継の進行を手助けします。
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