事業承継の方法の1つとして検討される事業譲渡。事業のみを売却できるため、中小企業を中心によく用いられるM&Aの手法となっています。事業を相続する方がいない場合には有効な手段となります。

しかし、事業譲渡には複雑な手続きやメリット・デメリットが多く存在します。そこで、本記事では、事業承継の定義やメリット・デメリットについて紹介します。
その後、会社分割との比較を通して事業譲渡への理解を深めることができます。

事業譲渡とは

最近では、承継として事業譲渡を選ぶ企業も増えてきています。しかし、実際に検討してみると制度が複雑です。はじめに事業譲渡がどんなものなのかを解説していきます。

◯部分的に譲渡する方法
事業譲渡は、会社を事業単位で切り分けて他社に譲ることを指します。会社全てを譲り渡すわけではないので、会社は残ります。
事業譲渡は中小企業のM&Aでは株式譲渡の次に多く用いられる手法です。

譲渡する事業にかかわるものは全て譲渡されることになるので、手続きは少し複雑です。また、どこまでを譲渡するかなど、契約の範囲を明確に定めていない場合には、思わぬトラブルが発生する場合もあるので注意が必要です。

事業譲渡のメリット・デメリット

事業譲渡について売り手と買い手のそれぞれのメリット・デメリットを紹介していきます。事業譲渡が自社のニーズと合うのかについて検討するための判断材料としてもご活用ください。

◯事業譲渡の売り手のメリット
株式譲渡では経営権もなくなってしまいますが、事業譲渡では一部を売却するだけなので会社も経営権もそのまま残ります

また、事業を譲渡することで、短期間で資金調達ができます。自社の強みを活かすために事業の選択と集中を行う場合にも事業譲渡は有効とされています。

◯事業譲渡の買い手のメリット
自社で欲しい事業をピンポイントで買収できます。契約にもよりますが、その事業のことを知っている人材も含めて買収できるので事業は円滑に進みやすいです。また、自社にない部門を実績のある会社から買収することで、ゼロから立ち上げるよりもスピード感をもって事業拡大ができます

そして、節税効果もあります。
事業譲渡により受け取ったのれんや償却資産を償却すれば損失の計上につながるので、利益が減り税金が抑えられます。

◯事業譲渡の売り手のデメリット
売却価格が想定よりも低くなることがあります。
資金調達をするために売却する場合、評価価格が低くなると次の投資がしにくくなるので、売却額には注意が必要です。
評価が低すぎると、そもそも買い手がつかないという可能性もあります。

事業の評価は事業の種類や実績、売上などで左右されますが、需要がないと売却先が見つからずに成立しないという可能性もあります。
また、従業員や取引先への承認が必要なため、手続きや時間がかかるのもデメリットとされています。

◯事業譲渡の買い手のデメリット
買う前に査定ができていないと、想定していた事業内容とのあいだに細かい乖離が生じることも。

また、事業に関わっていた従業員も一緒に買収会社に入ることになるので、社内の風土やこれまでとの待遇差が生じて馴染めなかったり不満を持ってしまう可能性もあります。

 

メリットデメリット
売り手・会社や経営権は残る

・資金調達ができる

・選択と集中ができる

・売却価格が希望通りにならない

・売却が成立しない

・手続きが面倒

買い手・欲しい事業だけが手に入る

・節税効果が得られる

・事業内容が想定していたものと違う

・新しい社員が馴染めない可能性がある

事業譲渡の大まかな流れ

ここからは、事業譲渡の大まかな流れについて解説していきます。基本的な流れを解説していくので、事業譲渡を行う際の見通しを立てるのにご活用ください。

◯譲渡をするにはM&Aが使われることがほとんど
事業譲渡には、M&Aの手法が取り入れられることがほとんどです。
M&Aで一番多く使われる手法は株式譲渡で、その次によく使われるのが事業譲渡です。

事業譲渡では、手続きが複雑ですが会社として事業の選択と集中ができるのがポイント。
買い手もスピード感をもった事業展開ができるメリットがあります。

◯事業譲渡の流れ

ここからは、事業を譲渡する際の流れについて見ていきましょう。

■準備から契約まで
まずは、事業譲渡を行う前の事前準備をします。
事業の強みを分析したり、どんなスケジュールで事業譲渡をすすめていくかといった計画を立てたりして全体の流れをイメージしましょう。

また、社内の取締役会で事業譲渡にかかわる承認を得なければなりません。無事に承認をとることができたら、譲渡先の選定や交渉にうつります。

経営者自身が買い手を探すのは大変なので、このタイミングで事業承継士やM&Aの仲介をしている会社と打ち合わせをするのが一般的です。

無事交渉が成立したら、基本合意契約を売却先と締結します。

■契約から譲渡まで
次は、契約から実際の譲渡までの流れを解説します。
契約が無事締結されたら、買い手側の企業が事業譲渡予定の部門のデューデリジェンスを行います。

デューデリジェンスとは、事業の調査のことです。財産や契約、許認可などを調査して売買後のリスクヘッジを行います。調査が完了すると譲渡契約を締結します。このタイミングで、事業譲渡についての合意が両社の間でなされたとみなされるのです。

その後、譲渡の前日までに双方の企業が株主総会での承認を受けます。
承認を受けられたら書類に記載された譲渡契約の効力が発生し、譲渡が完了します。

事業譲渡を成功に導くポイント

ここでは事業譲渡を成功に導くためのポイントをいくつか解説していきます。

事業譲渡のタイミングを見極める
事業譲渡はタイミングが大切です。
事業が下り調子の時に売ろうとしても、買い手からも同じように「下り坂の事業」という評価を受けてしまいます。

一番いいのは事業が波に乗っていてピークを迎えるときです。評価も高く付き、希望している価格で売れる可能性が高くなります。事業の価値を客観的に見極めて譲渡時期を決定する必要があるでしょう。

◯譲れない条件は1・2個に絞っておく
事業に愛着があると、売却のさいに完璧な条件を求めてしまいがちです。
しかし、完璧を求めすぎるとなかなか相手企業とマッチしなかったり、売り時のタイミングを逃してしまう可能性があります。
譲れない条件を1つか2つに絞っておき、お互いの妥協点をすり合わせしながら話を進めていくのが大事です。

◯相手が欲しい情報をひたすら提供する
事業譲渡を進める上では、相手の視点に立つことが重要。
事業を買う側の視点にたつと、

  • なぜ今この事業を売却する必要があるのか
  • 事業を買ったらどんなメリットがあるのか

といったポイントが気になるはず。

買い手側に積極的な情報提供を進めていくと買収後のイメージを掴んでもらいやすいでしょう。相手が欲しい情報がなにかを把握し提供していくことが鍵となります。

事業譲渡は複雑な手続きが必要

事業譲渡も単に事業を引き継いで終わりではありません。その裏側では複雑な処理が行われています。ここでは、事業譲渡の会計処理について紹介していきます。

◯知っているようで知らない「のれん」とは?
事業譲渡でよく聞く「のれん」について確認します。
「のれん」は、買収された企業の純資産額よりも上回った分の差額を指します。具体的には、技術力や顧客ネットワークなどの、企業の目に見えない資産のことです。

例えば、純資産額が5億円の企業を10億円で買収したのであれば、それは目に見えないブランド力などに対して評価がついたことになります。ここで5億円のなかにのれん代が含まれています。

◯事業譲渡と税金の関係性
事業譲渡と税金の話は切り離せないので、あらかじめ必要となる税金についても理解しておくようにしましょう。
事業譲渡によって利益が出た場合、譲渡した企業にはその分の利益が上乗せされるので、法人税が課されます。
そのため、法人税の負担が生じることを忘れてはいけません。

また、売却額から消費税対象外資産を引いた差し引き売却額には消費税もかかってきます。

事業譲渡・会社分割・株式分割の違い

「事業譲渡」や「会社分割」、「株式分割」の3つはよく混同されがちですが、全くの別物です。
中でも株式分割は全く意味が違い、そもそも自社の資本金を変えずに株式の数を増やす事。
市場での流動性を上げる施策として使われます。ここでは特に混同しやすい事業譲渡と会社分割の違いに着目して解説します。

◯会社法上の違い
会社法では、組織改編行為に該当するかしないかで両者を区別できます。
事業譲渡と会社分割は、ある部門を自社から切り離すという点では共通しています。
実施内容は同じですが、実務や法務・税制面での取り扱いが異なってくるので注意が必要です。

  • 事業譲渡は組織再編行為に該当しません。
  • 会社分割は組織再編行為に該当します。

事業譲渡は事業を他社と売買するため、組織内で再編するわけではないという認識になります。

債権・債務の違い
事業譲渡と会社分割では、債権者保護手続きの面でも差があります。
債権者保護手続きは債権者の利益を保護するために設けられていて、異議があった場合には債権の返済や担保保証を行うものです

事業譲渡では債権者保護手続きは不要です。それは、基本的には事業譲渡をしても会社自体は存続しているため、債権に影響を及ぼすことがないからです。
しかし、債権を承継する場合には債権者の個別同意が必要です。

一方会社分割では債権者保護手続きが必要です。ただし、債権者の個別同意は必要ありません。

◯雇用関係の違い
事業譲渡では、雇用関係が変更になるため個別に従業員の同意を得ていく必要があります。
そのため、従業員は雇用契約を結ばないという選択肢も有り得ます。事業譲渡をしたからといって全ての従業員が異動するとは限りません。

会社分割では従業員との個別同意は不要です。その代わり、労働者保護手続きという手続きが必要になります。労働者や労働組合への通知を含めたいくつかの手順を踏むことが必要です。

◯許認可の違い
事業譲渡では事業が別法人に移るため、許認可を改めて受ける必要があります。そのため、買収する部門によっては複数の許可や認定を得るための申請が必要になることがあります。

一方の会社分割の場合には、種類により異なります。
クリーニング業法や飲食店営業、浴場業、興業場の営業許可などは届け出が不要です。
それ以外は改めて許可や認定を得る必要があります。

◯税務の違い
消費税、不動産所得税、登録免許税・不動産取得税等の軽減措置の3点を解説します。

消費税は事業譲渡の場合には課税資産の合計額に対して課税がなされます。
一方の会社分割では非課税です。

不動産所得税に関しても、事業譲渡の場合には課税が必要です。
一方の会社分割においては基本的には課税です。しかし、一部条件に合致すれば非課税となります。

最後に登録免許税・不動産取得税の軽減措置についてです。
事業譲渡では軽減措置を受けることができませんが、会社分割では受けられますので、積極的に活用していきましょう。

事業譲渡は専門家と一緒に進めるべき

事業譲渡について解説してきました。複雑な制度だと感じた方も多いでしょう。実際に専門家に頼らないと難しい部分が出てくるのも事実です。最後に、事業譲渡における専門家の必要性について紹介します。

◯悩むより専門家に聞いてしまった方が速い
事業譲渡を進めていく上で、わからないことや判断しかねることが多く出てきます。社内で解決をしようとすると、時間もかかる上に正確性に欠けてしまう場合があります。

また、事業譲渡についての経験がないひとがほとんどなので、計画を立てて進めていくのがとても難しいです。
事業譲渡については、経験豊富な専門家に相談したほうが安心して手続きを進められるでしょう
経験に基づく正確なアドバイスを受けられるので、ぜひ検討してみてください。

◯専門家に入ってもらい適正価格で売却できる
事業譲渡をしたものの、売り手側は適正価格以上で売却ができないとメリットがありません。

資金調達のために部門を売却するなら、特に売る金額は大事。しかし、実際に取引を進めているうちに適正価格がわからなくなってしまう場合もあります。スムーズに事業譲渡を進めるためにも、経験のある専門アドバイザーからのサポートを受けながら進めていくのがよいでしょう。