ご両親が中小企業や小規模事業者として事業を営んでいる、という方は、自分の進路選択を考える上である問題に直面しなければなりません。それは「家業を継ぐか否か」という、非常にシビアな問題です。
一般的にこういった「家業を継ぐ」ことを事業承継、さらに正確に言えば親族内承継と呼びます。
この記事では、家業を継ぐことについて、事業承継の実情という客観的な視点と、経営者や後継者の心情といった主観的な意見に焦点を当てて解説し、後継者候補の方の進路選択について助けとなるような情報をお届けします。
――◯親の事業を引き継いで経営者になるということ
法人か、個人事業主かで手続きや事業の規模は変わりますが、家業を継ぐということは、つまりあなたのお父さん、お母さんが営んでいる事業の責任者になる、ということです。法人であれば代表取締役、個人事業であれば個人事業主となります。親の職業に憧れている方は紆余曲折を経たとしても、その職業に魅力を感じて家業を継ぐことが多いですが、憧れを抱いていない場合はその限りではありません。
経営者であるご両親は、子供であるあなたに「継いでほしい」と思っているかもしれません。もしそうなら、あなたはその期待に応えようと考えますが、やりがいや経済的な面での不安がある場合はどうしても一歩を踏み出せずに、自分の進路について悩んでしまうでしょう。自分で事業を立ち上げるのであれば、その事業に対して熱意を持って取り組めますが、引き継いだ事業に心血を注いで頑張るというのは、非常に難しいことでもあります。
こういった後継者ならではの悩みについては、後ほど詳しく見ていきましょう。
――◯事業を立ち上げるのではなく既存の事業を継続するということ
既存の事業を継続していくのが事業承継なので、まったく新しい分野でゼロから事業を立ち上げる起業とは異なる点も多くあります。事業承継ならではの手間や非効率的な部分もイメージとしては残っているため、若い方にとっては、同じ経営者になるための手段であっても事業承継ではなく起業を選びやすいのではないでしょうか。また、小規模な企業のトップになることに対して魅力を感じにくい、というケースも考えられます。
しかし、家業を引き継いだからといって新規事業を打ち立てられないというわけではありません。むしろ、事業承継を果たしたあとの後継者は、新規事業を打ち立てたり経営革新を行ったりして業績をアップさせるケースが多くあるのです。
このような背景から、「家業を継ぐ」ということについて、経営者と後継者が正しく実態を理解し、前向きに検討するための材料として知識を仕入れておくことが、進路を選択するうえで重要になるでしょう。
ここからは、中小企業庁が発表している中小企業白書をもとにして、家業を継ぐとはどういうことなのか見ていきましょう。まず、中小企業庁の定義に則って、事業承継に対して前向きな後継者候補を「積極的後継者候補」とし、対して事業承継に対して後ろ向きな後継者候補を「消極的後継者候補」と称します。
――◯家業を継ぎたい積極的後継者候補
積極的後継者候補は、事業承継に対して魅力を感じているタイプの後継者候補です。だからといって家業を継ぐことに対して全くブレーキがないわけではありませんが、少なくともこれから選びたい選択肢の一つとして、家業を継ぐことを前向きに検討している、という方が当てはまります。
以下の図は、積極的後継者候補が事業を継ぎたい・継いでもよい理由についてまとめられたものです。
就業先を選ぶ際に「その仕事がなくなると困る人がいるから」という理由で入社する会社を選ぶ方はそう多くありません。
しかし、家業を継ぐか否か、という判断をする際にはこの理由が最も上位に来ています。家業を継ぐ方ならではの視点と言えるでしょう。
仕事の希少性や特異性、幼い頃から見ていた両親の姿を通して家業の社会的な意義について理解している場合はこういった理由から家業を継ごうと考えるのではないでしょうか。
次いで、「家業に将来性があるから」といった理由が並びます。
将来性については家業の規模や業種にもよりますが、後継者候補が社会人として経験を積んでおり、経営者である親から家業のことを教えてもらえる状況にあれば、将来性を推し量ることも可能でしょう。シンプルに経営が上手く行っている場合も同様に、将来性を高く見積もることができるので、魅力的な進路となり得ます。
幼いころの憧れだけでなく、大人になってからしか見えない魅力に惹かれて「家業を継ぎたい」と思うケースも少なくないようです。
「事業の関係者と一緒に働きたい」という理由で家業を継ぐ方もいらっしゃいますが、これも後継者候補ならではのモチベーションと言えるでしょう。
アトツギ候補の方は、幼少期から従業員の方や取引先の方と関われる環境にいるからこそ、可愛がってくれる優しい大人たちとしての円滑な関係が構築されていると考えられます。
「こんな人たちと働きたい」と思える魅力的な職場があれば、後継者のモチベーションは高まると言えるでしょう。
また、「やりたい仕事をできるから」という理由で事業承継する方も19%以上存在します。家業が自分のやりたいこととつながっている場合は、非常に高いモチベーションを持って家業を継いでいけるでしょう。
――◯家業を継ぎたくない消極的後継者候補
家業を継ぐことに対して消極的な方は、どのような理由から家業を継ぐことを否定しているのでしょうか。以下の図をご覧ください。
上位の要因を抜き出して分析していきます。
1.自信の能力の不足
まず一番に挙がるのは「自身の能力の不足」です。従業員や資産を活用しながら売上を立てていくのが経営者の仕事ですが、業績を維持・発展させていくには経営に関する知識だけでなく、業界に対する深い関心と洞察も必要不可欠です。
加えて、人をマネジメントしていくためのスキルや人柄がなければ、組織をまとめあげて率いていくことは難しいでしょう。
自己評価を下したときに、自分にその要素が備わっていると自信を持って言える方はそう多くありません。また、一番身近にいる経営者として自分の親を見ているため、自分の親を比較対象としている後継者候補の方は多くいらっしゃいます。
そのため、「親を超えるようでなければ自分には家業を継ぐ資格がない」と考えてしまうのも無理はないでしょう。
しかし、経営者がオールラウンダーである必要はなく、適材適所を見極めたうえで適切に部下に「頼る」ことができれば、経営者として組織を率いていくことは不可能ではありません。
初めから「自分には難しいことだ」と切り捨ててしまうのではなく、そういった経験を外で積んで自信をつけた上で家業を継ぐ選択もある、ということを念頭に置いておきましょう。
2.事業の将来性
事業の将来性、という要素は「家業を継ぎたい」と思う理由でも2番目にランクインしていました。
継ぎたい・継ぎたくないと思う理由として非常に強い要因であることが分かります。経営者には転職という概念がありません。そのため、仕事が嫌になったり、やりがいを感じられなかったりしたとしても、辞めることはできません。
そのうえ、抱えるリスクも従業員とは異なるため、事業の将来性はシビアに見極めるべきポイントでもあります。だからこそ2位にランクインしている、と考えられます。
将来性を見極めるためには、同業他社に入社して実際に実務に身を投じながら業界に関する知識を学んだり、家業を継ぐ前に従業員として仕事に従事しながら自社の行く末を見据えたりすることが大切です。
もちろん、第一線で業界に身を投じている親やまわりの従業員から話を聞くのも有効な手段でしょう。重要なポイントであるが故に、しっかりとリサーチして実態を学ぶ必要があります。
3.現在の仕事への関心
「現在の仕事への関心」とは、つまり、今の仕事にやりがいを感じており、強い関心を持って取り組めているから、家業と現職とを比べたときに現職を続けたいと思う、ということです。
こういった方が無理に家業を継ぐのはむしろリスキーな選択肢と言えます。
先ほども述べた通り、事業の責任を持って企業を動かす経営者という立場に立つということは、従業員とは異なる意味で大きなリスクを抱えなければならず、必要な知識や能力も異なるのです。
それらを身につけて経営者として立ち上がったとしても、関心の持てない分野に対して熱意を持って取り組むのは非常に苦痛がともなうので、企業や後継者にとってもベストな選択とは言えません。むしろ社外の方を招聘するなどして、第三者承継を検討するほうが良いかもしれません。
実際、2019年には第三者承継を推し進めるべく「第三者承継支援総合パッケージ」というものが策定されています。今後より一般的な事業承継の選択肢になっていくことは間違いありません。
4.プライベートとの両立
「プライベートとの両立」については、家業を継いでしまうと仕事にかける時間や労力が大きくなりすぎてしまい、プライベートな時間が取りづらくなることを懸念していることが予想されます。
経営者として忙しなく働く親を見ているからこそ強く思う点なのではないでしょうか。企業の経営者や個人事業主として働く場合は労働基準法が適用されず、極端に言えば休みなく働くことになったとしても誰も責任を持ってくれません。
その分、いつどのように働くかを全て自分で決める自由が手に入ります。
業務の運営に支障を来さないよう、工数や時間を自分で調整して上手く休みを作り出す必要があるので、プライベートとの両立を目指すのであれば仕組みづくりを学んで「自分が休んでも問題ない環境」を整えるのが大切です。
5.自分の家族の都合
「自分の家族の都合」については、結婚や出産を経て家庭を維持していく必要がある方にとって重要なポイントとなるでしょう。経営者や個人事業主として働く場合、安定した給与が確約されているわけではないので、どうしても不安定になりやすいという特徴があります。
また、家業を継ぐという特性上、今住んでいる場所から実家や拠点の近くに引っ越す必要性も生まれてくるので、家業を継ぐ上で家族の合意が重要になってくるでしょう。
家族を説得してでも家業を継ぎたいと思えるかどうか、家業を継いでほしいという応援が得られるかどうかが鍵となります。
――◯家業を継ぎたくないと答えた方の理由を細かく探る
家業を継ぎたくない、と返答した方が2番目に多く挙げた理由である「事業の将来性」を基準として、さらに細かく継ぎたくないと思った理由を見ていきましょう。
頭ひとつ飛び抜けているのが「自身の能力の不足」です。
これについては事業の将来性に関係なく懸念事項となっており、後継者候補にとって大きな悩みとなっていることが伺えます。
後継者としての選択肢がある方は早めに「経営者に求められる能力にはどのようなものがあるのか」を理解して「身につけるために必要なものはなにか」「どうすれば身につくのか」を知るのが大切です。
家業を継ぐためには様々な準備や手続きが必要となります。事業承継の実務的な手続きも重要ですが、ここでは心理的なブレーキに焦点を当てて、家業を継ぐことに対して経営者と後継者が気をつけるべきポイントや注意点を紹介します。
――◯どのような能力が身につけば良いのか理解する
経営者として組織を率いていくためには様々な能力が必要だ、と先述しましたが、具体的にどのような能力が必要なのでしょうか。以下の図は、実際に事業承継を行った企業が後継者に対してどのような教育を行ったのか、またどの施策が最も効果的だったかを表したグラフです。
後継者に対しての実施割合が高かった教育は、
などの経営に直結する教育施策です。
そのなかで効果の高かった施策としては、経営や自社事業のノウハウについて教育を施す、取引先へ後継者を紹介する、などの実務に役立つものが挙げられていました。
これらを身につけた上でどのように活かせばよいのか、という経営的視点については、経営の経験を重ねることで鍛えることができますし、同種の思考力は日々の業務からでも学べるでしょう。後継者側からでも、経営者側からでも、早めにこの点をすり合わるのが大切です。
どのように能力を身につけていくのかプランニングを行うことで、後継者の悩みになりやすい「自信の能力不足」という点を解消できますし、経営に必要な能力を身につけていけます。
その結果、家業を継がなかったとしても、後継者候補である子供にとっては自信を持つために必要な時間を過ごすことにつながるでしょう。
――◯後継者候補の多くは起業にも意欲的
中小企業庁の調べによると、積極的後継者候補の約8割、消極的後継者候補であっても約7割が起業に関心を持っていることが分かっています。
このことから、いちど起業に挑戦して経営の経験を積んでから家業を継ぐか検討したり、後継者として事業承継を果たした上で新規事業を始めたいと思っていたりする後継者候補も存在する可能性があるでしょう。
これらを総括すると、経営者である親が後継者候補の子供に対して「家業を継ぐ気はあるか」といきなり核心に迫る質問をするのではなく、「起業や事業承継を通して経営者になりたいという気持ちはあるか」という質問を行い、経営者になるうえでどのような悩みを抱えているのか、それがどうすれば解消すると考えているのかを尋ねてあげるのがよいでしょう。
また、後継者候補から親に対して「家業を継がせてくれ」と申し出るのは良いことですが、経営者が見ているのは「経営に対する意欲、覚悟」です。
「家業を継ぎたいという気持ちはあるが、自分では役者不足かもしれない。家業を経営していくために必要な能力にはどのようなものがあるのか、どうすれば身につくのか教えて欲しい」と頼ることで、意欲や覚悟を伝えつつ、経営に必要な能力について知ることができるでしょう。
――◯「家業を継ぐ」ためにはお互いの歩み寄りと第三者の支援が大切
お互いに歩み寄った上で、どのように後継者教育を行っていくのかすり合わせることでスムーズに事業承継を果たすことができます。
「家業を継ぎたい」と申し出るのが不安だったり、難しかったりする場合は商工会議所などが主催している後継者支援を受けるのがおすすめです。外部の支援者を頼ったり、同じような悩みを抱えている後継者候補と思いを共有することで、最適なアプローチ方法が見つかるかもしれません。
また、事業承継士などの専門家に相談することで、メンタル面のケアに加えて株式の譲渡や事業の引き継ぎにかかる費用の調達方法に至るまで包括的なサポートが受けられます。
事業承継は企業にとって、第二の起業とも言える経営戦略です。
新たな経営者にバトンを渡す上で財務、税務の面で自社の状況を客観的に見直したり、新たな経営幹部を招へいしたりと様々な角度から企業の内部を改革していかなければなりません。
その過程を経て、あなたが経営者として就任したときから新たなスタートを切ることになります。若い世代ならではの視点を活かして新規事業を立ち上げたり、経営革新を行ったりすることで、企業をさらなるステップへ引き上げていきましょう。
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