「事業承継ラボ」が主催する第一弾セミナーのテーマは、事業承継にまつわるリスクとその予防・解決方法。二人の専門家から、具体的な事例を交えながら事業承継のリスクヘッジについてお話をいただきました。

事業承継におけるトラブルと失敗事例

――◯最初に登壇したのはイーリス総合法律事務所代表の上赤弁護士。

冒頭、「相続は人生の終わりに必ず訪れる出来事。法律のうえでは死亡を理由に、次の人にバトンタッチするようにできている。一方の事業承継は、相続が発生したときだけでなく、企業を存続させる目的で、次の経営者へ速やかなバトンタッチが出来るよう戦略を立てて実行していかねばならない」と説明。

「経営者は自分の年齢を考えて、事業承継が終わる頃にはいくつになっているのかも頭に入れるべきだ」と述べました。

さらに上赤弁護士は、中小企業の事業承継は難しいと説明。その理由として、「中小企業は相続と事業承継がなかなか分離できず、事業承継をきっかけに問題が明るみに出て、整理ができないからだ」と述べます。

また「組織・人・技術といった事業に関する資産をどのように引き継いでいくかも、中小企業の悩み」であると指摘。

「したがって、現在引き継ごうとしている事業の状態をきちんと把握することが大切」だと説明します。
そこで実際に起こった事業承継のトラブルや失敗事例をいくつかのパターンに分類して紹介。

まずは、事業価値が毀損低下して、承継後に廃業になってしまうパターン。これは訳も分からずに事業を継いでしまった人たちが陥りやすいとのことでした。

続いて多いのが、事業価値はあるが財務破綻しているパターン。「損益計算上は黒字ですが、過去の負債で利息や元金の返済が追いつかず、現金が足りなくなって破綻せざる得なくなる」といいます。平成の最初の頃に多かった事例で、銀行に返済のリスケジュールに応じてもらうなどの対応もあったが、現在は赤字企業が増加し、返済のリスケジュールが困難な事例が増加してきているのだとか。

さらに3つ目のパターンとしてあげられたのが承継時の課税に対して納税ができないというケース。「承継時に生じる課税負担を節税するための株価対策は2~3年かかるが、対策に要する期間を見誤り、納税時までに対策が間に合わない人が意外と多い」と説明します。

さらに金銭だけの問題で片付かないのがこの事業承継の難しいところ。例えば、主要技術や組織の引き継ぎが出来なかったパターンなどは、ヒューマンスキルや先代の信頼にかかってくる問題で、上赤弁護士のような専門家でもサポートできないと説明。「従業員との関係があまり上手くいっていなかったために、事業承継の半年後に従業員のクーデターが勃発。ほとんどの従業員が取引先を持って新会社を設立してしまったため、急きょ事業の立て直しが必要となった会社もあった」と述べます。

古参の社員に上手く伝えられず、事業承継をきっかけに労使紛争に発展するケースもあるのだとか。「事業承継によってトップが変わり、先代に付いてきた古参社員が、自分より年下の社長が就任したことで、今まで言えなかった意見や不満を口にするようになる」と説明。これまではお互いに“なあなあ”になっていたことが、トップの世代交代によって浮彫になってくるといいます。

また事業承継によって、社内不正が発生するリスクも増加。若い社長が古参社員にナメられ、キックバックを自分のポケットに入れてしまうような不正が新たに発生することもあるのだとか。反対に、先代から長年の間、信用していたがゆえに気付かなかった総務や経理の不正も事業承継によって発覚することもあるのだとか。「事業承継のタイミングで今までと違う人が数字を見たときに、何らかの不正を見つけるというのもよくある話。もし不正を働いていたのが身内であった場合、どのように対処するかが大切で、それを間違えると従業員が離れてしまう可能性もある」と説明してくれました。

株や事業資産をうまく引き継ぐことができなかった場合、大きな問題に発展するケースが多いようです。上赤弁護士は「まず会社の株がどうなっている確認することが大事」と説明。「中小企業の株主構成として、いちばん多いのは社長がすべてを保有しているパターンか、社長とその妻や子などの家族で保有しているケースや、製造業は従業員の持ち株会や直接株主になっている場合も多い」と説明します。

そのうえで、株主構成ごとのリスクを紹介。社長が株のすべてを保有しているならば、社長が死亡すれば相続で誰かに引き継がれますが、もし意思表示が難しくなった場合には、株主総会も開けなくなるリスクがあると述べます。「ただし、家族で株を保有している場合でもリスクは分散されますが、家族内で何かのトラブルが起きた場合、それが会社のトラブルへと直結してしまうリスクもある」と説明。それぞれにリスクは考えられるとしながらも、上赤弁護士は「会社のこれまでの経緯もあるので、その時々でベストな保有のしかたを模索する必要がある」と述べます。

ただし従業員が株を持ち、労働者の権利が大きくなりすぎるのは避けたいことだと説明。「労使紛争がそのまま株主紛争に移行してしまうのは、最悪のケース。労働者に会社の権利を持たせることは避けるべき手段」と力説します。

ただし親族間においては株の問題以外でも、事業承継をきっかけに不仲や相続争いが起きるパターンもあるのだとか。「親族間の不仲は修復が難しいので、遺言などで今後のことを残しておくと良いリスク回避の手段になる」と説明します。最後に上赤弁護士から、「事業承継は、経営そのものの一場面であり、事業承継対策は、経営におけるリスクマネジメントの一つと考えることができる。ただ経営を行う上で、多様な経営上のリスク要因に対して、100%対応することは不可能。いちばん回避したいリスクにコストをかけることが事業承継成功への近道」と締めの言葉をいただきました。

弁護士費用保険の必要性

――◯続いて登壇したフェリクス少額短期保険代表取締役と弁護士を兼務する多田氏より、中小企業の経営者が抱える法律問題に向き合った、”弁護士費用保険”を解説いただきました。

冒頭、弁護士の役割について「ビジネスにおいての弁護士の役割は、交渉の間に入ったり、クレームが出た段階でもめないように処理をしたり、あるいは契約書を作成する段階など、あらゆる面で活躍する」と説明。「時間がかかる裁判をできるだけ早い段階で処理して事業への影響を最小限にする、それ以前にトラブルを予防するのが重要であり、私たちはトラブルを早い段階で見つけて芽を摘み、なるべく大きく発展しないようにすることを重要視している」と述べます。加えてどのような弁護士を選び、どのタイミングで依頼するのかも大切と説明しました。

ただし実際に問題が起きた際に、“むやみやたらと訴訟すべきではないと考えている”と説明。その理由として「基本的に時間や金銭コストがかかる。そして中小企業の場合は訴訟に関する一切を担当者まかせにすることが難しく、ほとんどを経営者が自ら先頭に立って戦わなければいけないから」と説明します。そのうえで「簡単に訴訟をすべきではなく、訴訟を起こさないようにするために弁護士を活用すべき」と訴えます。そして、高額な費用の問題について掘り下げて説明「必ず勝てるわけでない裁判でも着手金を支払い、勝敗に関わらず返還されないことが多いのも事実。契約に関する裁判については、勝訴したとしても相手方に弁護士費用を負担させることはできない」と述べます。

これらの弁護士費用の問題を解決するためにフェリクスでも取り扱う弁護士費用保険を活用してほしいと説明。フェリクスでは『リガール』※というブランド名で保険を取り扱っており、これは弁護士を医者に置き換えて、“健康保険”と同じように捉えるとイメージしやすいと説明します。「ユーザーが一定の保険料を払うことで、いざトラブルになったときにかかる弁護士費用を我々保険会社が、直接弁護士に支払うというもの」と概要を説明。また『リガール』※は事業型(Biz)と個人型(Personal)とに使い分けができ、事業承継でいえば、「株主や不正などの会社自体のトラブルに対応するためには事業型で対応し、個人としての相続や親族間の問題では個人型で対応できる」といいます。

とはいえ、経営者にはぜひ顧問弁護士を雇ってほしいと多田弁護士は説明。「顧問弁護士の良いところは、その会社の実情をよく分かっている点にあります。いざトラブルがあったときにも、すぐに相談に乗ってくれる。保険はトラブルがあった際に費用を保障する対応と考えればよいのでは?」と意見を述べます。

弁護士費用保険加入のメリットは経済的な補填の他にもあると説明。「例えば、案件ごとに専門性のある弁護士を選ぶことができるので、専門性の高いトラブルにも必要に応じて対応できる」と述べます。また他の賠償責任保険とは一味違う守備範囲を持っていると説明。「訴訟で敗訴したり、何らかの損害を被ったり、あるいは相手に損害を負わせたときに、実際に支払うべき損害額を保障するというのが通常の賠償責任保険。弁護士費用保険は、訴訟になる前に弁護士を使って早めに芽を摘み、大事にならないようにするという保険です。まさに予防的保険といえます。また、こちらが訴えるときにも使えるので、新しい経営のツールとして考えてほしい」と締めくくりました。

※フェリクス少額短期保険株式会社は、内閣総理大臣の認可を得た上で、プリベント少額短期保険株式会社へ事業譲渡される予定です(効力発生予定日は2020年3月13日)。それに伴い、現在、フェリクス社では、弁護士費用保険『リガール』の新規募集を停止しています。

セミナー後のインタビュー

――◯終了後のインタビューでは、上赤弁護士は「失敗事例を伝えることの効果を実感した」と説明。

「会社ごとに失敗するポイントが違うので、かなり幅広い経営の要素から失敗事例を引っ張ってきている。会場を見ていてもみなさん頷く箇所がそれぞれだった。事業承継は相続問題に目が行きがちだが、それだけではないということが伝わったのでは」と満足した様子で感想を述べた。

――◯多田弁護士は弁護士の立場としても弁護士保険の重要性を改めて解説。

「弁護士保険は新しい弁護士保険のあり方を提案できると思っている。個人の相談者で金銭的に余裕がない人は法テラスや弁護士会の相談などを使うが、それでも費用負担が生じる場合は少なからずある。そして中小企業で金銭的に余裕がない会社であっても、そのような企業向け弁護士費用に関するサービスはあまりない」と指摘したうえで「実際に顧問弁護士をやっていて思うのは、たとえ少額債権の回収であっても、その回収額と同等もしくは額によってはそれ以上の弁護士費用が必要になる場合があるが、金額によっては債権の回収を諦めて泣き寝入りしなければならないこともある。そういった企業を救えるひとつの武器になるのでは」とコメントしました。

さらに上赤弁護士は現在事業承継・再生のプラットフォームづくりを行っていると説明。「社団法人として専門家が50人ほどいるが、スペシャリストがゼネラリストとして中小企業を再生。その中で再生なのか承継なのかのタイミングを見極めて支援するというインフラ作りを進めており、それを全国にも広げたいと思っている。地域の専門家がその地域の企業を支援できる体制を整えたい」と今後の展望を熱く語ってくれました。

制作:株式会社エーアイプロダクション

取材・撮影・編集:伊藤秋廣(Akihiro Ito)

執筆:武田光晴(Mitsuharu Takeda)