自身を“事業承継の伴走者”と語る株式会社コンパス・アンド・マップ 代表取締役社長 林薫、数々の事業承継を成功させてきた自身の信念と今後の未来について語ってくれた。

事業承継に力を入れることにしたきっかけ

ーー○事業承継に力を入れようと思ったきっかけや、思いの原点を教えてください。

M&Aを仲介する会社で勤務しているうちに、会社を存続させる方法はM&Aだけではないと考えるようになりました。そう感じ始めていたときに事業承継センターの講座を受けて事業承継のノウハウを教えて頂いたということがきっかけのひとつです。

中小企業診断士として17年ほど中小企業にも携わっていますが、クライアントの社長から何かアドバイスを求められたとしても、本質的な話をするのは難しいと感じていました。しかし事業承継の話だと、人生と人生のぶつかり合いなので、けっこう深い話ができます。そこに面白さを感じますし、ここなら自分が学んできたことを活かせるのではないかと考えました。

また中小企業診断士とはもっと違う形で中小企業の役に立ちたいと考えていました。私の父も事業をやっていますが、私はその事業を継いでいません。事業を継がないと父と対話した経験も、なにかお客様の役に立つのではないかとも考えました。

林さんが考える内部承継の重要性

ーー○後継者を外部から呼ぶのではなく、内部継承を優先したいと考える根拠はなんでしょうか。

そもそも社内で事業継承について話をしていないという件がほとんどです。長い間一緒に仕事をしてきた仲間であったら、まずは社内で事業承継について話をしてみた方がいいのではないかと思っています。

 

ーー○会社内で事業承継について話し合わないのは、どういう理由があると考えますか。

一言で言ってしまうと、社長と部下の間や、社長の親族間であっても、お互いの信頼関係がうまく構築出来ていないのだと思います。会社の未来について相談し合えない理由のひとつには、立場でしか相手を見ていないというのがあると思います。例えば後継者になる人というのは、それまでの立場をいきなり180度変えろと言われてもなかなか対応できません。

今までは社長の下の立場でいることをひたすらに守ってきた人なので、そういう人がいきなり上の立場になれと言われても、なかなか出来ることではありませんよね。そもそも自分が社長になるという発想もないと思います。まずは、話し合うという場をつくることが出発点になります。

また、実際に話し合いを円滑にさせるためには、まずは社長に「リーダー自らが変わらないと、下の人たちも変わらない」ということを伝えています。

事業承継で重要なポイント

ーー○なぜ林さんは説得力のある言葉を経営者に投げかけることが出来るのでしょうか。

スキル面で言えば、コーチングスキルを学びました。そのスキルをベースにして目の前の人たちと接しています。傾聴を意識することや、勝手に分かったつもりにならないといったことも意識しています。相手の進めたいように話をしてもらうこともポイントです。社長と後継者、どちらかに肩入れすることをせずに、コーチングで習った通り「平等な肩入れ」というスタンスを守るようにしています。

 

ーー○事業承継を進めるうえで、いちばんのポイントはなんでしょうか。

社長と後継者の関係を、話し合いが出来るようになるまでフラットに持っていくのが、一連の支援のなかでもポイントとなってきます。重要性という意味でも一番ですし、順番としても最初にやるべきことだと思っています。

成功事例

ーー○今までどのような成功事例がありましたか

ある会社では毎週会議がありましたが、その会議をする・しないというのは毎回その日に社長に確認するということになっていました。

よって私は、「会議は毎週きちんと事前に準備をしたうえで行い、30分で終わらせる」というルールをアドバイスしました。人と人がチームとしているので、話し合いの場を持つこと重要であり、それが会議という場です。そして話し合いのテーブルを用意したのであれば、そこで話し合うのがお互いのルールです。そこでは上司や部下という役割分担もありますが、話し合いのテーブルではそれぞれの役割を持ち寄って、話すべきことを話しなさい、といったアドバイスをしました。最初はやはり上手くいかず、誰も発言をせずに終わることが多くありましたが、私も社内に入って「意見は会議中に発言すべき」といったアドバイスを重ねていき、会議として成り立つようになりました。

また会議の終わりには次回の予定も決め、それまでに「それぞれが何をすべきか」といったことも決めていきました。それを積み重ねていくことによって蓄積されていくので、いきなり100点は取れなくても、10点、20点と着実に点を重ねていることに、会議に参加しているみんなも気づき始めます。そうすることで、話合いをする意味やチームでいる意味に気づくことができます。そういうベースが整ったところに、事業承継という議題を乗せることが重要です。

話し合う場が整っていないところに事業承継の議題を乗せても、意思の疎通も出来ないので意味がありません。そういった基本的なことが重要になってきます。

 

ーー○事業承継士のやりがいを感じた案件を教えてください。

とある清掃会社の社長から、自分も高齢になってきたので会社を手仕舞いしたいと相談を受けました。しかし自分には、清掃に関して実現させたい夢があるので、事業は誰かに譲りたいが、自分の夢は残してほしいという相談でした。それはまさに私がやりたいことと合致していたので、いま一生懸命に取り組んでいるところです。

 

ーー○事業承継のプロが介入する・しないでどれほどの違いが出るのでしょうか。

クライアントへ選択肢を与えることが出来るというのが大きな違いだと思います。M&Aの会社に相談したらM&Aをするという選択肢しかありませんが、事業承継士はさまざまな選択肢を示すことができます。それは相手に深く切り込んでいくし、後継者候補の方とも接して、その会社の将来を一緒に考えているからです。

事業承継士としての林さんの強みと今後の展望

ーー○林さんだから出来ることはなんでしょうか。

コーチングのスキルがあることと、私自身が長く中小企業に勤めていたことが強みですね。中小企業診断士の先生方の半分以上が、もともとは銀行や金融に勤めていた人です。なので、中小企業の社長の気持ちが想像しにくいときがあります。

私は自分の経験も含めて相談に乗れるので、決して上からの提案にはせずに、中小企業と寄り添っていけると思います。自分のHPには、中小企業で財務や経理の経験があると掲載しています。だからこそ中小企業のお金の管理には強いとアピールしています。伴走型支援といっていますが、実際にクライアントの会社の中に入り、名刺やデスクも用意してもらい、その会社の一員として動くからこそ地に足がついた提案ができます。

 

ーー○事業承継をめぐる世の中の流れから見て、ご自分の発揮できる価値はなんだと思いますか。

自分は地味な事業承継士だと思っています。お金をかける事業承継士をデラックスと例えると、それに比べて私はクライアントの社内に自ら入り、なるべくお金をかけないようにするので、そういう意味でもとても地味です。着手金なども、デラックスの人たちのようにたくさんは取りません。

地味にやるべきだと考える理由は、多くのM&A仲介会社ではM&Aの成功報酬として何千万円と、会社を辞めるためなのに高額な報酬を取るということに疑問を抱いていました。父の事業のときもそうでしたが、中小や零細企業などに高額な報酬は難しいです。そういった背景から、よりクライアントに寄り添える事業承継士になったのに、自分も高額な報酬をもらっていては矛盾が生じますよね。そもそも会議での対話は、給料の範囲内でやっていることなので、余計なお金は発生しませんよね。コミュニケーションを密に取ることで後継者が生まれるというのは実際にあることなので、そこにお金をかけるというのは違うと思っています。人間同士が仕事をしているのなら、きちんと向かい合って対話をすべきです。

 

ーー○今後の展望

本を出したいです。いま事業承継というと士業の人向けだったり、士業の人が自分のノートをまとめたようなものが出てきます。確かに読んでいて勉強にはなりますが、しかし現実はそういった士業の人たちが考えているようなものとは違う点も多くあります。M&Aで自分の会社が売却できるかどうかを悩んでいる社長に対して、売却しない選択肢もあるということを、著書やセミナー開催などを通して広めていきたいと思っています。

株式会社コンパス・アンド・マップ 代表取締役社長:林薫

事業承継士として、自身の強みを活かした「コーチングサービス」や「家族会議の準備と開催」など、事業承継を行いたいと考える経営者・後継者に寄り添ったサービスを展開。その他、今までの事例から分かったことなどを多くの人に知ってもらうためのセミナーなども随時開催中。>>詳細はコチラ

制作:株式会社エーアイプロダクション

取材・撮影・編集:伊藤秋廣(Akihiro Ito)

執筆:武田光晴(Mitsuharu Takeda)