「小さくても濃いビジネスを」岩谷氏(運用の達人)
資産運用のプロであるファンドマネジャーの視点や信念は、個人投資家にとってもヒントになる。今回話を聞いたのは、アセットマネジメントOneの岩谷渉平ファンドマネジャー。設定来で1000%近いリターンをたたき出した「 DIAM新興市場日本株ファンド」(現在は販売停止)などを運用する岩谷氏に、銘柄選びのポイントや投資に対する思いを聞いた。
経営者の「執着心」がドライバーに
――銘柄選びのこだわりポイントを教えてください。
「1つは創業動機です。単にブームだからとか、お金持ちになりたいからといった理由だけで起業しても、いい経営を長く続けることは難しいでしょう。一定の達成感を得たあと、やることがなくなってしまうからです。起業に至る原体験や思いの強さが感じられるかどうか。経営者の執着心はとても重要です。それが目的を遂げるドライバー(推進力)となりますし、困難を乗り越える力になるためです。同じように、それぞれの事業を担っている役職員も強い動機をもっているかどうかを見ています」
「2つ目は市場の規模です。そのビジネスでどれくらい市場を獲得していけるか。市場が小さすぎたり、大きくても競合相手が多かったりすると高い成長は難しくなります。3つ目が組織力です。優れた会社には必ず経営者を支える人たちがいて、簡単に離れることはありません。理念を共有し、力を合わせて働くメンバーが集まっている会社の組織は壊れにくい。人材の動きやインセンティブ設計には注意をはらっています」
世代つなぐ「エコシステム」の一端を担う
――運用における信念は。
「企業と家計と市場、それぞれにプラスをもたらすことを意識しています。家計(投資家)のお金を増やし、投資先の企業をエンパワーメント(成長を支援)しながら、株式市場の発展に貢献したい。日本の新興市場でいいベンチャー企業が育ったねという実例を積み重ねることによって、グロース企業の助けになる『仕組み』を次の世代に引き継ぎたいと思っています」
「ファンドというのは、シニア世代の資本を若い事業家に投下し、そのお返しとして事業家がシニア世代にリターンを還元する仕組みでもあります。資本が世代をつないで循環していくエコシステムの一端を担いたい気持ちがあります」
手塩にかけた銘柄選び、サイズ抑え運用
――いつごろ運用に手応えを感じるようになりましたか。
「手応えを感じるということはありません。投資に取り入れているアイデアはいつだって仮説にすぎないからです。ある瞬間に仮説がうまく当たっているように見えたとしても、それが正解かどうかはわかりません。それよりも大切なのは、人と異なる視点で仮説を構築し、その解を探求し、結果をちゃんと検証することです。投資の世界はこの修行の繰り返しなので、カリスマとか達人というのは違うと思います」
――銘柄選択は一人でやるのですか。
「そうですね。組織的な運用はあまりしていません。アナリストの意見を参考にすることもありますが、自分のペースで調査・分析をし、納得したタイミングで売買が可能な数量に収めることにしています。手塩にかけて育てるように銘柄を取り扱っているので、組み入れ数は少ないほうです。規模を拡大したり、知名度向上を目指したりするのではなく、そのファンドの世界観を実現できるサイズに抑えて運用しています」
新たな担い手の誕生を心待ちに
――新型コロナウイルス感染拡大の影響は。
「ビフォーアフターの構造変化に注目しています。今回の一件が人類社会・経済をどう変えるか、変わらない部分はどこかなどに大変興味をもち、調べを進めています。例えば大企業・行政機構においては業務プロセスの改善やリモートワークの促進による無理・無駄の排除、中小企業では廃業・倒産に伴う事業承継やM&A(合併・買収)の推進など、経営戦略上の学びに満ち満ちています。スタートアップ企業については今まで潤沢に出回っていたキャッシュ(現金)のありがたみを知る機会になり、良いときも悪いときもある景気循環をどう生かすかの教材になったと思います」
「このような試みが日本の産業の生産性を改善することに疑いの余地はありません。生産性の低さは長年、この国の社会・経済が抱えてきた中核的な課題であっただけに、前向きな構造変化に大いに期待しています。また、なによりも強い企業は環境が厳しいなかで生まれることが知られています。実際、2007~09年に設立された多くの企業群がユニコーン(企業評価額10億ドル以上の未上場企業)となりました。新たな担い手の誕生を心待ちにしています」
「攻めの縮小」にパラダイムシフト
――そのほかに注目している動きはありますか。
「これからの日本では、『1単位あたり』で物事をとらえることが大事になるとみています。企業で言えば1株あたりの付加価値や社員1人あたりの生産性、顧客1人あたりの満足度などを上げていくことが重要な目安になってくると思います。人口が減少し、経済規模が小さくなる場合には、今までのように増収増益を目指し、会社の規模をやみくもに大きくすればいいということにはなりません。小さくても濃いビジネスが生き残っていけると思います」
「あえて規模を小さくする『攻めの縮小』に取り組めるかどうかが、企業経営にとって重要になってきます。それだけに身の丈に合った適正規模を意識しておくことは極めて大切です。こうしたパラダイムシフトはすでに起こり始めていると感じています」
(QUICK資産運用研究所 望月瑞希)