サムスン李氏「世襲やめる」 韓国財閥、同族経営岐路に
【ソウル=細川幸太郎】サムスン電子トップの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が「子供たちに会社の経営権を譲らない」と述べ、自分の代で世襲をやめることを表明した。李氏を巡ってはサムスングループの経営権を継承する手法に問題があったとして批判が強まっていた。韓国最大の財閥であるサムスンの決断は、同族経営が当たり前だった同国の財閥にとって大きな転換点となる。
「子供たちに経営権を譲らないという考えは、以前から私の心の中にとどめていた」――。6日にソウル市内で記者会見を開いた李氏は突如、胸に秘めた思いを口にした。李氏自身は創業家の3代目で10代の長男と長女がいるが、後継について言及したのは初めてだ。
李氏を巡っては、朴槿恵(パク・クネ)前大統領への贈賄罪に問われた裁判が進行している。サムスンは判事の勧告に従うかたちでガバナンス(企業統治)強化に向けて第三者委員会を設置。同委は李氏に対し、国民に謝罪と説明をするよう勧告した。
約5年ぶりとなる今回の記者会見は、この勧告を受けたものだ。李氏は自身のグループ承継を巡る様々な問題について「国民の期待に応えられず失望を与えた。私の過ちだ」と謝罪した。
サムスンは以前からグループ企業間の出資構造を利用し、創業家が少数の保有株で巨大グループを支配しようとしてきた。李氏も事業継承に当たり、グループにとって事実上の持ち株会社の特殊株や新株予約権付社債(転換社債=CB)を破格の安値で入手した。
はた目からみれば、違法とも思えるこうした手法は、長らく財閥と歴代政権が手を組み、黙認されてきた。今回の裁判でも李氏が朴前大統領と関係が深い人物に活動費を支援したとされるが、この行為が不透明な取引を見逃してほしい、という意思表示だったとみられているようだ。
両者の癒着が問題視されたのは、格差是正や公平な分配を訴える文在寅(ムン・ジェイン)政権の誕生が大きい。文大統領が推し進める「財閥改革」の背景には、特権的な財閥に対する韓国社会の不満が蓄積された結果、との見方もある。李氏はこの問題について「法と倫理を厳格に順守できなかった」と認めた。
その上で「これからは経営権の承継でこれ以上論争にならないようにする」とした。この突然といえる「世襲否定」の発表に、サムスン社内に衝撃が走った。
実際、まだ51歳の李氏が承継について記者会見で言及するのは時期尚早として、側近からは反対する意見もあったという。それでも李氏は会見で「性別・学歴・国籍不問の立派な人材が重要な地位で事業を導いてほしい」とも語った。
左派政権が変われば世襲論議も後退するとの見方も少なくない。ただ西江大の徐廷一(ソ・ジョンイル)教授(経営学)は「もはや李氏が承継したような非倫理的、非合法な手法では承継は難しい」と指摘する。その上で「仮に子供への継承を試みるのであれば、社会的正当性が厳しく問われることになる」と話す。
サムスン電子は既に権限委譲を進めている。各事業部門ごとに最高経営責任者(CEO)を置いており、トップ不在でも短期的な影響は少ないとみられる。実際、李氏が収監されて不在だった17年にも過去最高益を更新した「実績」もある。
ただ巨額投資など大きな事業構造の転換が求められる経営戦略をスピード感を持って進めるには、創業家の求心力が必要との声もある。特に半導体やディスプレー、スマートフォンといった目まぐるしく経営環境が変わるサムスンが身を置く業界ではなおさらだ。こうした素養も兼ね備える新たな経営者を見定めるのは至難の業となる。
世襲を否定した李氏。その双肩には、巨大財閥のカジ取りを託す後継者の選定という使命が重くのしかかる。
韓国には数十社の財閥が存在するが、このうちサムスンなどに加え、LG、ロッテを合わせた5社の影響力は大きい。時価総額は全上場企業の半分以上を占め、従来は韓国経済の成長を推進する役割を担ってきた。
だが、各社がグローバル企業に躍進する一方で韓国経済が低成長に陥ると、これまで黙認されてきた不透明な取引などに疑問の声が上がるようになった。
海外投資家の目も日増しに厳しくなっている。現代自は2018年に実質トップに就いた創業3代目の鄭義宣(チョン・ウィソン)首席副会長の掌握を強めるため、グループ内企業の再編を推し進めた。ただ「物言う株主」で知られる米エリオット・マネジメントが反対し、白紙撤回した。現代自に限らず、サムスンなども海外投資家からの圧力が強まっており、今までの「財閥の論理」だけでは承継を進めにくくなっている。
これまで財閥が得ていた既得権益が薄まることで、今後は公平な競争環境が整うとの見方もある。ネイバーやカカオといったネット産業が中心のスタートアップ企業が他産業でも育つ素地につながる可能性もありそうだ。