M&A には、予期せぬ多くのリスクが存在します。そこでM&A を実施する上でも、保険を契約しリスクヘッジすることが重要になります。特にここ最近では、中小企業のM&Aの増加に伴い「国内向けM&A 表明保証保険」が販売され始めました。そこで、当記事では保険内容から特徴まで解説していきます。
“表明保証”とは、M&Aの最終契約時に売り手が買い手に対し、対象企業に関する財務や法務等に関する一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証するものです。通常、M&A取引は、デューデリジェンス(買収調査)によって、対象企業の法務、税務、財務などの問題点を調査した上で、企業価値の算出・交渉が行われます。そして最終的な譲渡価格の決定をもってクロージングという流れで取引が成立します。
しかし、デューデリジェンスにも限界があり、時間や費用コストの制約だけでなく、そもそも不利な資料を売主が積極的に提出しないことも起こり得るため、全ての問題点を抽出することは現実には困難です。
そのため、M&Aの取引では最終契約内で、対象企業の事業の状況や財務内容などについて、ある程度の網羅性を担保した表明保証が行われます。M&Aにおいて表明保証違反が判明した場合は、対象企業の価格調整から取引の中止まで可能になります。また、クロージング後であっても表明保証違反が判明した場合に、相手方当事者に対する補償義務を生じさせることができます。
表明保証の交渉時、買手側は、調査しきれなかったリスクを低減させるために、できる限り多くの条項を挙げようとします。一方、売主側は、できる限り企業価値の低下や損害賠償請求される可能性を引き下げたいため、条項を減らしたり、修正を求めたりします。最終的に、当事者間の交渉と調整によって「表明保証条項」の内容が決定し、M&Aに関する契約書に表明保証条項が規定されます。
表明保証違反に起因して生じる買主の損害を補償することを目的とする保険が表明保証保険です。
表明保証違反時は、損害賠償請求権の発生等が規定されるのが一般的です。規定された表明保証が不正確であったこと(表明保証違反:簿外債務等)に起因して、被保険者(買主または売主)が被る経済的損失が表明保証保険より補償されます。
表明保証保険の最大引き受け手であるAIGの最新レポートによれば、同社が2011~2016年の5年間に全世界で発行した表明保証保険約2,000件のうち、5件に1件の約400件に保険金支払い請求(クレーム)が発生しているというデータがあり、以下の内容に対してクレームが発生しています。
【主な保険金支払い請求(クレーム)内容】
財務諸表・租税・法令遵守・重要な契約・従業員関連・知的財産・訴訟・本源的表明保証
買主側が保険契約者となる「買主用表明保証保険」と、売主が保険契約者となる「売主用表明保証保険」の2つがあります。近年よく利用されているのは買主用表明保証保険です。仕組みは、以下の通りです。
【買主表明保証保険】
買主 ⇒ 売主
表明保証違反による損害賠償請求
買主 ⇒ 保険会社
表明保証違反に直接起因する損害賠償請求
保険会社 ⇒ 買主
買主が表明保証違反について有する請求権の額
表明保証違反に直接起因して対象会社になされた損害賠償請求等の調査や防御費用等
表明保証保険の利用者のほとんどが買い手である理由に、メリットが多くあるという点が挙げられます。
買主が保険を利用することで、売主へのリスクの大部分が保険会社に転嫁されるため、売主の表明保証の提供や情報開示に応じやすくなります。
結果として、交渉がスムーズに進み、時間、労力の節約に繋がります。また、売主に対しては表明保証違反の責任を追及しないとすることで、買収提案の優位性を高めることができます。
買主にとって、表明保証違反による損害発生リスクに対し一定の備えをしておくことはリスク・マネジメントの観点からも重要です。表明保証条項を規定していても売主の補償資力が乏しい場合、買収条件を売主側に配慮せざるを得なかったり、賠償金を回収できないことがあります。
また、一定の損害がカバーされるので、買主の経営陣としてはステークホルダーへの説明責任も果たしやすくなります。
売主が受入れ可能な補償上限金額や表明保証の存続期間と買主が希望する条件とのギャップを、買主が表明保証保険を手配することにより埋めることができます。
M&A成約後に損害が生じた場合、譲渡企業に対して補償を請求し、回収するには時間と労力がかかります。また、譲渡企業にも抵抗される可能性もあります。
表明保証保険を利用することで、譲受企業は譲渡企業に対する訴訟などの請求という煩雑な手続きを回避できるため、比較的短い期間で保険金を回収できます。
売主が対象会社の株主として残ったり、取引先や合弁事業パートナー等である場合、表明保証違反があっても補償を求めにくいことがあります。
買主が表明保証保険を手配した場合、表明保証違反により買主が被る損害の額を保険会社に直接請求することが可能になるため、取引成立後の売主との関係を維持することができます。
海外の売主や複数の会社との取引では、表明保証違反が発生した場合の補償請求業務は人的・費用的に大きな負担となります。表明保証違反により買主が被る損害の額を保険会社に直接請求することが可能になるため、海外の売主への補償請求にかかる人的・費用的負担を軽減することが期待できます。
当然、買い手だけでなく売り手側にもメリットがあります。
クロージング後の補償リスクを保険会社に転嫁できるので、クリーン・エグジットを実現することができます。そのため、将来の表明保証違反に基づく損害賠償リスクを遮断することができます。
エスクローとは、物品やサービスなどの売買に際し、信頼の置ける「中立的な第三者」が契約当事者の間に入り、代金決済等取引の安全性を確保するサービスです。具体的な流れは以下の通りです。
①商品売買契約を締結。
②購入代金を金融機関に送金。買主を委託者、売主を受益者とする信託を設定。
③買主は、売主から商品を受領し、これを検収。
④買主の指図に従い、金融機関は売主に購入代金を支払う。
慎重な取引が求められるM&A取引では、金融機関が第三者として間に入りますが、エスクローの設定によって譲渡対価を得るために時間を有することとなります。
エスクローの代替手段として活用されることが多い表明保証保険は、売主としては、エスクローの設定を回避でき、または回避できない場合であってもその金額を最小限にすることができるため、売却利益を早期に確定することができます。
表明保証保険は、欧米では30年前から利用されていましたが、日本では2015年に損害保険ジャパン日本興亜株式会社がロイズ・ジャパン株式会社との協業により表明保証保険の販売が開始され始めました。
しかし、これまでの表明保証保険は、一般的に保険証券は英文で発行され、保険の引受審査も英語で行われます。そのため、表明保証保険の対象となるM&Aは、株式譲渡契約書等の契約書やデューデリジェンスレポートが英文で作成される場合に限られ、日本の会社が海外の会社を買収するクロスボーダー案件にほぼ限定されているのが実情でした。
表明保証保険における補償限度額は、対象会社の企業価値の10~20%程度とすることが一般的とされ、保険料は補償限度額の1~3%程度が一般的とされています。
保険料や引受審査時に保険会社に支払う費用等を考慮すると、表明保証保険を購入するのに適したM&Aの取引規模は100億円以上が目安とされ、M&Aの取引規模がそれを下回る場合には、保険の利用ができないというのが現状でした。
しかし2020年頃から、急増する中小企業を中心とした事業承継や大企業によるベンチャー企業の買収などを背景に、「国内M&A向け表明保証保険」の販売が開始されました。(三井住友海上、あおいニッセイ同和損保、損保ジャパン等)
以前とは対照的に、引受審査・保険証券等の関連書類の和文化や「売主付保」形式で保険手配、オーダーメイドによるきめ細かな保険設計等に変更されました。
また、取引規模に関しては、買い手は2億以上、売り手は5億以下、最低保険料は30万円といった内容の商品に変更され大幅に参入ハードルが引き下がりました。
最近になって、ようやく小規模M&Aの場合でも表明保証保険を利用できるような仕組みが整えられました。
M&Aを実施する上で、できるだけリスクは避けたいものです。一般的に最終契約で表明保証が締結されますが、よくあるケースとして売り手に補償能力がなく、買い手が損失を被ることがあります。
多くのリスクに対するリスクヘッジとして表明保証保険は大きな役割を果たします。最近では、中小企業の円滑なM&A取引を実現すべく、国内M&A向けの表明保証保険が大手保険会社で続々と販売されています。
是非当記事を参考に、表明保証保険の内容や仕組み、メリットを理解していただきリスクの少ないM&Aを行ってください。
【合わせて読みたいM&Aの記事】