外装建築資材卸売業として、1916年の創業から100年以上の歴史を持つ株式会社イヌヰ。
16歳の時に会社を継ぐことが決まり、そこから経営者となるための勉強を重ね、実際に経営者となってからは会社を後世に残すために変革に取り組まれている代表取締役の乾 二起氏にインタビューしました。

100年続く会社の歴史

――まずは御社の事業概要についてお聞かせください。

弊社は、外装建築資材卸売業という業態で、工場や倉庫、店舗向けをメインとして、住宅も含め、屋根材、外壁材、雨樋などを、工事店様向けに販売しています。商材は、鉄鋼二次製品(鉄板を二次加工した製品)である屋根材をメインとしています。中間業者ですので、メーカー様と工事店様との間を潤滑に取り持つことで、スムーズな商流を目指しています。

 

――乾様が6代目に就任されるまでに、御社はどのように歴史がございましたか?

はい、弊社は1916年に創業した会社で、先代が5代目で、私で6代目になります。
曾祖父である初代が早逝し、曾祖母が2代目となりました。戦争による休業期間を経て、婿養子である3代目の祖父が再業。その祖父も早逝し、祖母である4代目が承継、そして、また婿養子である父が5代目となり承継し、その後私が承継致しました。

つまり、男社会である建設業界において、初代、3代目を早くに亡くした上、3代目、5代目は婿養子で承継していることから、承継の難しさは身に染みて分かっている状況でありました。

5代目は、コミュニケーション力は素晴らしかったのですが、経理に明るくなく、また、バブル崩壊後の倒産ラッシュで、弊社もかなり危険な状況に追い込まれておりました。そんな中、事業承継をどのようにスムーズに進ませるかが大問題であり、私が早急にしなければならないことでした。

 

事業承継の取り組み

――ご自身の事業承継への取り組みをお聞かせください。

まず、私は高校1年生の時に6代目になることを決めました。経営のケの字も知らない中、大学では経営情報、就職では金融を経験し、自社に入社しました。

1999年に自社に入社してしばらくは、既存社員に認めてもらうために、がむしゃらに仕事をして、存在感を少しずつ出していきました。得意分野である情報系知識をもとに、コンピュータ化を進め、2005年には独自の販売管理システムを稼働させたりすることで、存在感を強めていきました。

――事業承継を本格的に取り組み始めたのはいつ頃ですか?

2007年に専務取締役に就任してから、本格的に事業承継について考え始めました。まず、ぶつかったのは、何から勉強して良いのか、何を調べたら良いのかが分からないということです。
現社長側からの事業承継の書籍はあっても、後継者側、後継候補者側からの書籍は殆ど無く、手あたり次第に勉強していった形になります。

時代の流れの速さ、そして、自社の乗り遅れ感を感じたので、2009年に、先代に代替わりを直訴し、かなり話し合った末、2011年、先代が70歳になる年に代替わりを行うことで決着しました。

その後は、どうやったらスムーズに事業承継していけるかを勉強し、色々な人の助けも得て、スキームを組んでいき、実行に移していきました。

 

事業承継後の苦労

――実際に事業承継をするにあたり大変だったことはございますか?

大変だったことは、第一にお金のことです。90年代にたくさんの倒産を被ったせいで、資金繰りも良くない状況でしたし、00年代には、金融機関から貸し渋りや、貸し剝がしも経験しました。

社長になったらこうしようといった計画書を自ら作成しておき、2011年の社長就任後、その計画書に従いながら1つ1つ進めていきました。金融機関との取引正常化のため、不良資産処理、役員退職金、株式の移行といった決算書をキレイにしていく作業を、2009年より始め、現在も継続して行っております。

現在の計画では、決算書が自分の満足いく形になるのに、あと3年。2024年の60期には、達成したいと考えています。

 

――代表取締役社長に就任後はどのように会社を引っ張りましたか?

私は、2011年代表取締役社長となりましたが、当時先代には、代表取締役会長に就任して頂きました。つまり、助走期間を作ったということです。

私が代表へ就任してからも、銀行口座等の名前、つまり、金融機関との窓口は、約2年間、先代の名前で継続しました。2014年に、金融機関の名義は私に変更しましたが、まだ先代の代表権は維持しました。2016年、創業100年のイベントが全部終了したあと、先代の代表権を外し、取締役会長へ。そして、2018年に、相談役へと退く形を取っていきました。

このように、私が代表取締役としてフェードインしていき、先代がフェードアウトしていく。少しずつの移行を行ったおかげで、混乱も無く、無事に移行が終了しました。

 

――社員様とのコミュニケーションはどのように取られましたか?

私は、高校一年生の時に会社を継ぐと決め、良くも悪くも継ぐことが早く決まったので、そこから経営者になる為に様々な勉強をしてきました。ですが、勉強してきたことは結局のところ机上の空論でしかありません。実際の会社経営時に活用して行く時には、知識から実践へと変換しなければいけません。

学んだ理論を、社員にしっかりと伝えることに苦労しています。また、どれだけ理論を並べても、実績が無ければ社員はついてきません。

自分の発言に説得力を持たすためにも、社内のどこで活躍して実績を積み上げでいくかを考え、得意だった情報系の分野で社内のIT化を進める事から始め、次に管理・経営と実績を積んでいき、発言力を増していくようにしました。

 

事業承継のゴールはどこか?

――助走期間は御社にどのような影響がありましたか?

まず、助走期間を設けたことは、弊社にとってとても良かったと思っています。先代は、20代後半で入社し引退までの約50年もの長い間勤めてきました。創業から現在までの約半分の年月に先代が携わっています。

そんな歴史を考えると、そうやすやすと社長として先代の代わりが務まるとは考えていませんでしたし、私だけでなく、取引先様や社員のためにも徐々に代わっていくほうが良いと考えました。

組織的にも、徐々に私が権限を持って行くのが分かるように変えていき、先代も後ろからフォローしてくれたので、社員からの突き上げなども殆ど無く、付いてきてくれています。

 

――乾様が考えておられる事業承継のゴールはどこですか?

事業承継が終わるタイミングは、今となってこそ思うのですが先代が亡くなった時だと考えています。

事業承継後、自分自身は社長として会社経営に邁進している時でも、会長及び相談役として後ろ盾になってもらっていました。先代自身がそこまで仕事をしておらずとも、やはり後ろから見守ってくれており支えてくれていたのです。

2019年に先代が亡くなったタイミングで「あ。これで相談できる人がいなくなってしまった。」と、強く感じ、本当の意味での事業承継が終わったのかなと思いました。もうフォローしてもらえないことで、不安な点もありますが、1つ1つやっていくしかありません。私の真価が問われるこの2~3年だと思っています。

 

事業承継に悩まれる方を支援

――ご執筆された「小さな会社の「永続経営」」について、執筆に至った背景をお聞かせください。

・全国の後継者と後継者候補へ向けて

まず、拙著は、私が後継候補者の時に、どんな本を見れば良いのか、何から勉強して良いのかが分からずかなり困ったので、後継者・後継候補者向けに、最初の導入書として書かせてもらいました。

今は、拙著を、たくさんの後継候補者、後継者の方々に、如何に読んで頂くかが、後継者支援に繋がると考えております。

若い時には、私の周りに事業承継を経験されたような方がいませんでした。また、高校1年生で会社を継ぐことが決まるという、いわゆる普通ではない状況でした。しかし、全国を見れば、後継者としてどう取り組んでいこうか悩まれている方はたくさんいらっしゃいます。

そんな中、遠回りだったこともあれば近道だったこともあります。それを本として共有することで、読んでくれた方が少しでも参考してくれたらいいなと思っています。

 

・社員や家族、自分自身へ向けて

弊社が2016年に100周年を迎えた際に、会社の歴史を整理し、動画としてまとめました。その動画を見た時に、すごく安心したことを覚えています。

要するに、その動画があることで過去を振り返らなくていいと感じたからです。例えば、これから息子が7代目として会社を継ぐとなった時に「この会社は100年以上の歴史の中でどんなことをしてきたんだろうか?」と息子が疑問を抱いても、その動画を見て振り返ることができます。

また、新入社員が入った際にも同様に、動画を見て頂くだけでこれまでの自社の歴史を理解してもらえます。歴史をしっかりと後世に伝えていけることにとても安心しました。

そうして自社を振り返った時に、私自身の振り返りも必要だと感じたのです。高校生で会社を継ぐことが決まってから、継ぐために努力してきたことを棚卸できれば、自分自身も未来へ向けて進むことができると考え、執筆に至りました。

 

――ご執筆以外に取り組まれていることはございますか?

自分の周りにいる同じ境遇の人達と苦楽を共にしたいとの考えで、秘密保持ができる後継者たちとの会合を近々作ろうと企画実行中です。小人数制で、それぞれが、他社の顧問になったような気持ちで、開催しようとしております。

 


著書:なにわの6代目社長だから言える 小さな会社の「永続経営」

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これからの会社の未来を見据えての取り組み

――会社を未来へ引き継いでいくために取り組まれていることはございますか?

現在は、社内の一体感や組織作りの改善に取り組んでいます。例えば、営業であれば”売る”のではなく”買って頂く”という感覚を私は持っています。そのような考え方を浸透させ、また実際に買って頂くために何をすれば良いのかを、社内で考えていくような組織・仕組みづくりに取り組んでいます。

古くとも良いところは引き継ぎ、また、新しいことも取り入れながら、温故知新の想いで、次代へ渡していくための整理に取り組んでいます。

先代は自身で様々なコトに取り組み挑戦してきました。私はその先代が築いてきたものを整備し調整して、次代が発展するための土台作りに取り組んでいこうと考えています。

 

――息子様が7代目となるべく、実際に取り組まれていることはございますか?

現在、息子はまだ小学6年生ですので会社を継ぐのかも不明確ですが、継ぐのであればこれを学んでいた方が良いという様に、教育面で後押ししようと考えています。

創業100年の式典に出席させた時、本人にとってはとても衝撃的だったようです。
当時彼は6歳でしたが、「お父さん、50年後何歳?」と聞かれ、「50年後は92歳だよ。」と回答すると、「150周年するよ。」と言ってくれました。本人は忘れてしまっていると思いますが、私はその言葉がとても嬉しかったです。

 

事業承継をお考えの経営者・後継者へ伝えたいメッセージ

――事業承継をお考えの経営者・後継者へメッセージをお願いします。

・現経営者へのメッセージ。

スムーズな事業承継には、かなりの時間が必要です。替わればそれで良いというものではありません。代替わりしたら、後継者の好きなようにすればよいというのは仕事放棄と考えます。代替わりしても、しばらくの間、後ろに控えているだけで後継者は助かるんです。

また、現経営者が、創業者か後継者かによって引き方が異なります。現経営者もご自分の境遇と似た人の意見を聞いて欲しいと思います。その上で、キレイな引き方を目指して欲しいと思います。

【うまく代替わりしたな!】

この言葉を掛けられることを目指して頂きたいと思います。私の場合、先代も後継者だったため、引き方がうまかったと感じています。確認したところ、先々代にしてもらった方法で良かったと思う手法を取り入れたそうです。やはり、自身も後継者を経験された方のほうが身の引き方が上手だと思います。

 

・後継者へのメッセージ。

先代の欠点ばかりが目に付くと思いますが、当たり前です。生きてきた時代が違うんですから。自分の長所と短所を把握し、そして、先代の長所と短所を把握した上で、よく話し合って事業承継への近道を見つけて欲しいと思います。

親子の場合、ケンカに発展する時もあります。これは、親として譲れないことがあるということです。そこは、後継者側が譲歩してください。相手は、親といえども、経営者の大先輩、そして、人生の大先輩です。敬意を持って接しましょう!

 

 

株式会社イヌヰ

代表取締役:乾 二起 氏

Twitter:https://twitter.com/tsugiInui


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