M&Aを検討するうえで、よく問題になるのが資金の調達方法です。買収には、莫大な資金が必要になるため自己資本だけでは不十分な場合も多々あります。
そこで、今回紹介するのが資金調達方法の一つである、SPC(特別目的会社)を利用した方法です。SPCの利用によって、少ない資本でも多くの資金を調達できることが期待できます。
SPCとは、Special Purpose Companyの略で、特別目的会社と訳されます。字の如く特別の目的のために設立される会社を指します。この会社の目的は利益を生み出すことではなく、会社の買収や不動産の売買などの場面で資金調達・資産の保有、流動化等の目的を果たすために設立されます。
SPCは特別な目的を持って設立され、会社としての事業が行われるわけではありません。また、オフィスもなく従業員もいません。そのため、会社としての実態が伴わないことから、ペーパーカンパニーの一種だと判断されるかもしれません。
しかし、SPCは資金調達や資産流動化等の目的を明確に持って設立されます。目的を持って設立されているという点においてペーパーカンパニーとは大きく異なると言えます。
SPCの設立には、SPC法または会社法のルールに則って設立されます。簡潔に言うと、SPC法は資産の流動化・保有のためにあり利益は追求できません。そのため利益を求めるM&Aにおいては、会社法に基づきSPCが設立されます。
会社法に基づくSPCの設立では、資本金は1円以上、内閣総理大臣への届出は不要で、設立に必要なのは取締役1人のみです。また、その多くは合同会社という形を取ります。合同会社は株式会社と違って株主と経営者とが分離していないため、経営者が出資者となる点が特徴的です。
M&Aにおいては、主にLBOの実現のためにSPCが設立されます。
LBOとは、「Leveraged Buyout(レバレッジド・バイアウト)」の略称で、レバレッジは「テコ」、バイアウトは「買収」という意味があり、小さい力で大きな効果をもたらすM&Aの手法のひとつとして使われています。
通常の企業買収では、買い手が買い手自身の信用力に基づき資金を調達します。しかしLBOでは、買い手の信用力ではなく、売り手側の資産や今後期待されるキャッシュフローを担保として融資を受けます。そのため売り手企業が負債を背負うこととなり、売り手側が持っている資産や将来の収益を返済に充てます。
LBOを活用することで、資金力の小さな企業が大きな企業を買収することが可能になります。また、LBOスキームは、MBO(経営者による買収:マネジメントバイアウト)やファンドバイアウト実行の場面でも用いられます。
LBOスキームは、以下の4つのステップから構成されます。
1.SPCの設立
2.SPCによる資金調達
3.SPCによる対象会社の買収
4.SPCと対象会社の合併
まずは、M&Aの受け皿となるSPCを設立します。SPCそのものは、買収金額にかかわらず少額で設立できます。極端に言えば、1円の資本金でも設立可能です。この場合のSPCはSPC法に基づいたものではなくて、会社法に基づいたSPCです。SPCの目的は買収する企業の株式の買取りとなります。
次に、SPCが銀行などの金融機関からM&Aの買収資金の融資を受けます。この融資を「LBOローン」と呼び、額の買収資金を得るのと同時に、多額の債務を抱えることとなります。この時に譲渡企業の株式や売手の資産、キャッシュフローが融資における担保となります。
調達した資金を元に、SPCが対象会社の買収を実施します。買収後は親会社がSPC、売手がその子会社という関係となります。
最後に、SPCと買収された企業とを吸収合併を行います。1つの会社となり、SPCが抱えていた債務は、結果的に譲渡企業が抱えることになります。このように、真の買収者(買い手)は借金をすることなく、M&A対象会社に借金を負わせることによって、小さな元手で大きな会社を買収することができるのです。
過去のLBOで有名な事例が、ソフトバンクによる英ボーダフォン日本法人の買収です。このケースで、ソフトバンクは当時過去最大規模とされる1兆円の資金をLBOによって調達しています。また、アメリカの投資会社リップルウッド・ホールディングスは、イギリスのボーダフォン・グループ傘下の日本テレコム株式会社の固定電話部門をLBOの手法を用いて、総額2,613億円で買収しました。
SPCは、LBOでM&Aを実施する際に設立されます。先述の通り、SPCを利用したLBOでは、将来的に買収する企業の資産やキャッシュフローを担保として融資を受けることができるため少ない資本での買収が可能になります。
少額の資金でも大規模なM&Aが可能となる、まさにレベレッジ(てこ)を利かせた手法である点が重要でありメリットです。そしてLBOでは、もし債務が弁済できなくなっても、買手が債務保証を行わない限り買手に返済義務がない点も特徴とされています。
買収資金の調達はSPCが行うため、そこに出資する買い手は調達資金の返済義務を負いません。
つまり、金融機関からの融資は買い手としては負わないノンリコースローン(非遡及型融資)のため、買い手のリスクは出資金部分のみという、限定された状態で買収を行うことができます。買い手の負担する法的責任や信用力への影響、ファイナンス契約上の制約を限定することができます。
LBOをする場合には借り入れをすることになるので、買収された企業は利息の返済を行う必要があります。この返済は損金として算入できるので、所得から差し引くことができ、節税効果が期待できます。
普通に投資するより、LBOを使って投資した方が投資効率の期待ができるというメリットがあります。特に非上場会社の株式を安く買い、企業価値を上げたうえで転売するか、上場によって高く売ることを目的とするPEファンドにとって、LBOは投資効率の高い手法だと考えられます。
今からその仕組みを説明します。
前提として企業価値(会社全体の価値)から借金の残高を差し引いた額が株式の価値となり、企業価値が上がると株式価値も上がります。例えば、企業価値10億円の会社(負債6億、株式価値4億)が企業価値13億円(負債6億、株式価値7億)に上昇したとすると株式価値も3億円上昇します。ファンドはこうして得た利益を株主に還元します。
また、同様の企業価値で借金がゼロだった場合、上記と同様に利益が3億円増えたらどうなるでしょうか?
結果は、企業価値10億円(株式価値10億)→企業価値13億円(株式価値13億)となり、企業価値が3億円増加します。しかし、負債がある場合と比べて株式価格の増加率が各段に違います。
負債あり:4億円の株価が7億円に→75%の投資利益
負債なし:10億円の株価が13億円に→30%の投資利益
「負債なし」のほうが投資効率が悪いと言えます。逆に言えば、借金を使うことによって投資効率が2.5倍も上がっていたということになります。そのためLBOは、買収資金を借金で調達すればするほど、投資効率が良くなる(レバレッジ効果が大きくなる)という関係性があります。
LBOは一般的に借入金額が大きく、期間も5年程度の借入となることから、借入の金利が高くなってしまいます。しかし、負債は最終的に売り手に移転するため、売り手が注意すべき点であるともいえます。
LBO後は、倒産寸前の会社のようなタイトな資金繰りが必要になります。
多額の資金を投じて企業を買収することになるわけですが、買収した企業の経営状況が改善しなかった場合には、最悪の場合、倒産となってしまうケースもあります。
買収企業の運営が順調に進むという前提で融資を受けており、経営改善が思うように進まない場合は、想定していたリターンを手にできない場合もあります。M&Aを決める前に将来性をしっかりチェックしておく必要があるのです。
実際に、LBOで買収された企業が、負債の返済ができずに倒産した事例も発生しています。買手にとっては少ない資金で買収が実現する一方で、対象企業にとって、多額の負債を抱えるSPCを利用したLBOはデメリットとなり得るでしょう。
先ほどメリットの部分で、レバレッジ効果が期待できると説明したLBOですが、LBOで借金を増やすことで、大きな利益になる反面、逆に利益が出なかったときは大きな損失になるというデメリットも併せ持っています。また、ファンドは短期での転売、売却を目的とするため業績不振は許されない状態から経営が始まるのです。
M&Aにおいて、SPCは少ない資本でも規模の大きな企業も買収できる点において非常に魅力的だと言えます。また、ファンド目線に立った時は多額の借り入れにより投資のレバレッジ効果が期待できます。
しかし、買収の対象となる譲渡企業のキャッシュフローを生み出す事業を担保に金融機関から借入れたが、返済できずに倒産してしまう事例も多くあります。LBOは複雑な点も含んでいるため、不明点がある際はM&Aの専門家に相談し、疑問点を解消しましょう。