歴史と伝統あるオーダースーツの英國屋において、新サービスの導入により倒産寸前の経営を立て直した3代目社長 小林英毅様にお話を伺いました。
「オーダースーツ銀座英國屋」という屋号で、「信頼を得られる装い」として、フルオーダースーツを提供し続けてきた企業です。
1940年に創業し、およそ80年続いてきました。
銀座英國屋のビジネスモデルは、次の企業理念に象徴されています。
銀座英國屋は、
人に、仕事に、真摯に向き合う方のお役にたてますよう
「信頼を得られる装い」をお届けしてまいります。
これからも銀座英國屋は、お客様が大切な瞬間に個性・能力をさらに発揮できる、「信頼を得られる装い」をお届けし続けることを使命としていきます。
企業理念である「信頼を得られる装い」の提供を、創業より追求し続けてきた点です。
創業者である小林新三郎は、コストの削減よりもフィッティング技術にこだわりを持ち、一般的なテーラーとは異なり、スタイリスト(接客担当)とフィッター(フィッティング専門技術者)を別の職種として分業させました。
バブル崩壊による業績悪化の中、接客とフィッティングを兼任させることでコストカットを行う提案がされたこともありましたが、そのような情勢でも小林新三郎はあくまで「フィッティングにこだわりなき銀座英國屋は、銀座英國屋ではない」と分業を続行したのです。
銀座英國屋のスタイリストは、「エグゼクティブに必要な装い」を熟知しています。一般的なスーツ店で言及される、自分の好み・流行・新製品・多機能・モテは、エグゼクティブにとって重要な要素とは言えません。
エグゼクティブのビジネスウェアとして最も重大な要素は、「どなたからの信頼が必要か?」、「自分・自社のブランドに相応しいか?」ということであり、スタイリストは何よりもその基準を第一にしているのです。
同時に、フィッターもまた「人間の身体」「生地の性質」に精通した専門技術職として成立しています。そのような研鑽(けんさん)によって、「肩まで外すフィッティング」を完成させ、「肩回りを楽にするオーダースーツ」を実現させています。
加えて、フィッターが指定した微細なフィッティングの結果を「スーツという形」にする縫製技術も、「信頼を得られる装い」には必要不可欠です。これは二代目の小林明が直営化したフルオーダースーツ専門工房にてスタイリスト・フィッターと密にやり取りを重ね、一針一針を大切に縫製を行い実現しています。
この分野では、装飾性・流行よりも「実用性」に重きを置き、シルエットや標準仕様を磨いてきました。現在では、特に仕立ての差が顕著に表れるオーソドックスなダークネイビースーツやブラックフォーマルでその縫製技術が輝き、ご好評いただいています。
また、テーラー文化の技術継承の難しさが叫ばれる中、末永くより良いスーツをお納めすべく若手の育成にも取り組み、今では40歳以下の社員が過半数を占めています。
その縫製と育成の技術によって、今では同業他社から見学者も訪れるオーダースーツ縫製工房となっています。
創業当時、イギリスは「紳士の国」という印象が強い国でした。このためスーツ=紳士=イギリスという発想で「英國屋」を基礎に、商材・創業の地を追加し、「オーダースーツ銀座英國屋」となりました。
私は当初、家業を継ぐ気は一切ありませんでした。
新卒で就職したワークスアプリケーションズを選んだのは、堀江貴文さんの活躍など、就活をしていた2003年当時にあった「ITが世界を変える」という潮流に乗ったためです。
個人的には、ワークスアプリケーションズの仕事が楽しく、家業に戻る気も無かったのですが、お世話になっている方から「家業の価値をちゃんと分かっていない状態で軽々しく決断すべきではない」「自分の生い立ちをあらためて振り返り、誰に生かされてきたのかを考えた方がいい」と諭されて、家業に入ることを決意しました。
これは多くの後継者の方が陥っており、あまりにも多くの混乱・失敗を生み抱いている勘違いです。
このような考えを持っている後継者は、「今まで以上の成果」を出すために、「今までとは違った方法・考え方で成果を出そう」という思考に至ります。
しかし「今までと違った方法」では会社のノウハウを活かしづらく、そもそも成果は出にくいものとなります。
さらに厄介なのは、「それで成果を出したとしても、信頼を得られるとは限らない」ということです。なぜならば、あまりにも急進的な改革は従来のやり方の否定、引いては「既存社員の否定」と受け取られる可能性があるからです。
このような悪循環が続くと、最終的に後継者は自らの会社・社員を嫌うようになってしまいます。お恥ずかしながら、私自身もそのような失敗を経験してきました。
オススメは、「周りが成果を出せる環境にしてこそ、信頼される」という考え方を持つことです。
なにも後継者自身が実績を出す必要はありません。それよりも周りの人が成果を出せるようにサポートするほうが、信頼を得やすいのではないでしょうか?
事業承継を成功に導いた・導く為の準備がありましたらご教授いただきたいです。
「先代にとっての課題」を深く聞いておくことです。
さらに理想を言えば、その課題を「先代と共に解決」しておくことがより望ましいでしょう。
当然ながら課題を解決することは会社の強化にも繋がり、さらにその取り組みの中で先代と後継者との対話が生まれるため、不要な対立が生じるのを避けることができます。
逆に、後継者独力での課題解決はしばしば難しいものとなります。それは「どこまで社内が変化に耐えられるか?」という判断が、これまでの沿革を知る先代にしか分からないものであるからです。
未上場企業の事業承継案件に限定して、経営コンサルを承っています。
特にコンサル対象としては、先代・後継者の仲介に最も価値を感じています。
私の感覚では、事業承継の7〜8割で先代・後継者の仲違いが発生しますが、これを当人同士で解決するのはとても困難です。そのため、事業承継者として15年間の経験を基に仲介者・通訳者となって、共に伴走して経営を立て直していっています。
ただ、単なる仲介者というだけではなく、実際には売上UP・若手採用・社員教育・銀行交渉といったタスクも伴走させていただくケースが殆どです。
事業承継後に行われた新たな取り組みについて教えていただきたいです。
「既存の商品・サービスの価値を、分かりやすく表現し直した」ことです。それにより、倒産寸前(現金預金の残高が月商0.4ヵ月)から、第三者評価期間(帝国データバンク)より優良企業(上位7%)と評価されるにまで回復しました。
より具体的には、「無料オーダーサービス(オーダースーツの無料相談+フィッティング体験)」の導入があります。
これはご注文を前提としないでお気軽にご相談いただくことで、お客様がが選ばれた生地・デザインでの仕立て上がりの価格をスタイリスト(接客担当)がご案内し、お客様がそこから改めてご注文をご検討いただけるというサービスです。
どうしても、銀座英國屋には気軽には入店しにくいブランドイメージがありました。「敷居が高いため、銀座英國屋に行くためのスーツがない」というお声をいただいたり、本来の価格は22万円からなのですが、最低でも30万円以上だろうというイメージををお持ちの方もいらっしゃいました。
商品は本当に価値があるものだったからこそ、商品・サービスの価値を分かりやすく丁寧に表現することで、さらにお客様にお越しいただけるようになったのです。
一般的には「新しいこと」に価値を置きがちですが、事業承継である以上は、既存の商品・サービスに価値があると思います。またそれに対して、先代・社員も誇りを持っていることが多いでしょう。
このため、まずは、既存の商品・サービスの表現の見直しから入るのが、先代・社員からの信頼獲得の点でも、オススメです。
事業承継における多くの失敗事例は「自分が成果を出してこそ、信頼される」という勘違いが根本にあります。
もちろん、天才的な方であれば、それでも成果を出せることもあるでしょう。
ですが、私のような凡人と思われる後継者は、「周りが成果を出せる環境にしてこそ、信頼される」という考え方を持つことをオススメします。