株式会社田渕鉄工所は、明治45年(1912年)に創業し、100年以上の歴史を持つ金属加工と設備事業を手掛ける老舗企業です。5代目となる寺垣雄平氏が、家業を継ぐ道を歩み始め、先代から受け継がれた技術と伝統を大切にしながら、企業の発展に向けて新たな挑戦を続けています。本インタビューでは、同社の事業内容、歴史、強み、そして跡継ぎとしての挑戦について深く伺いました。
株式会社田渕鉄工所の事業概要についてお聞かせください。
当社は大きく3つの事業に力を入れています。まず一つ目は「金属製品事業」で、鉄、アルミ、ステンレスなどの多種多様な金属を使用し、主に法人向けに特注の金属製品を提供しています。
私たちは金属の加工だけでなく、設計から製造、さらにはその製品の設置まで一貫して対応しており、細かいオーダーにも柔軟に対応できる体制を整えています。
二つ目の「工場用設備事業」では、製品を工場で利用できる形にするための設備工事を行っています。特に複雑な配管システムの構築には定評があり、他社が手を出せないような難しい工事にも対応しています。
三つ目の「設備関連事業」では、工場の代理運営をはじめ、設置後のメンテナンスや、設備の点検、交換などを行い、お客様の設備が長期間安定して稼働するようサポートしています。これにより、お客様との長期的な信頼関係を築いてきました。
設立当初からの事業の変遷をお伺いできますか?
創業時は街中にあった銭湯の配管やメンテナンスが主な業務でしたが、時代の変遷とともに事業内容は大きく変わっていきました。第二次世界大戦後の高度経済成長期には、日本の工業化が進む中で、当社もより大規模な工業用タンクや配管システムの製造にシフトしていきました。この時代には、製品の需要が急増し、規模も拡大しました。その後も時代の変化に応じて事業を少しずつシフトしながら、現在のような高精度で多品種の金属加工が可能な体制を整えてきました。
また、田渕鉄工所は歴史の中でいくつもの危機を乗り越えてきました。1970年代には、石油危機による鉄鋼原料の価格高騰の影響を受けるなどの試練がありましたが、信頼を重視し、品質を落とすことなく対応することで、多くの企業と強固な関係を築きました。そうした継続的な努力が今の事業基盤を支えています。
御社の強みについて教えてください。
当社の強みは、まず「歴史に裏打ちされた技術力」と「長年の信頼によって培われたネットワーク力」にあります。
金属加工においては、どれだけ高度な技術が求められても確実に対応できる経験とノウハウが蓄積されている点です。特に、複雑な配管システムの設計・施工に関しては独自の技術を持ち、他社にはできない仕事を引き受けられることが大きな強みです。また、協力会社との関係も深く、時には技術や資源をシェアすることで、新しいプロジェクトに柔軟に対応できる体制を整えています。
また、創業以来、信用第一でやってきたことから、クライアント企業や協力企業からの信頼が厚く、困難な状況でも多くのサポートを得られる点も特徴です。取引先との強い結びつきにより、当社ができないこともパートナー企業と協力して解決できることが多く、非常に大きなアドバンテージになっています。
人事職を経て家業に戻られたきっかけは何ですか?
私が家業に戻るきっかけは、結婚と家庭の存在が大きかったです。結婚を機に、改めて家族との時間や地元での生活について深く考えるようになりました。
もともと田渕鉄工所に関わるつもりはありませんでしたが、父からの依頼や、家業の話を聞く中で、自分が家業に携わることで地域に貢献できるのではないかと感じるようになりました。いずれは他人に引き継ぐのではなく、自分の手で守り、次世代に渡したいという思いが強くなり、戻る決意をしました。
入る前と後で感じたギャップについてお伺いします。
前職では大企業の組織の中で整った仕組みや効率性の中で働いていましたが、家業に戻るとそれらとはまったく違った世界が広がっていました。
例えば、申請や報告がシステム化されていることはなく、口頭でのやり取りが中心で、ルールも暗黙の了解で成り立っているような部分が多くありました。
また、作業環境もデジタル化が進んでおらず、資料が紙ベースで管理されているなど、前職でのやり方との違いに驚きました。このギャップは当初の戸惑いを超えて、逆に家業ならではのアナログの良さも感じるようになっています。
現在跡継ぎとしてどのような取り組みをされていますか?
現在はまず基礎を固めるための「インプット」と「現状の改善」に重点を置いています。
特に社内のデジタル化が遅れている部分を少しずつ改善し、効率化を図っています。
また、日々の業務で得た課題を一つひとつ改善することで、従業員がより働きやすい環境を整えたいと思っています。さらに、外部の製造業や鉄鋼業界に関する研修にも積極的に参加し、知識のブラッシュアップを図っています。跡継ぎとしてまだ未熟ですが、日々成長を感じながら一歩ずつ進んでいます。
今までの取り組みでやって良かったことは何ですか?
やはり、人事で培った「人材管理」の経験を家業に活かせると実感したことです。
例えば、従業員の採用において、ノウハウが分からず、何も進んでいなかったのですが、新たな手法を導入することを提案し、採用されています。
また、金属加工の技術を深く理解しようと努めた結果、現場の魅力を感じることができ、業務への意欲が増しました。さらに、家業特有の課題に向き合うことで、従業員や協力企業とのコミュニケーションが深まり、会社全体の結束力が強化されていると感じます。
事業承継に向けて、今後どのような準備をされていますか?
今後の事業承継に備え、まずは先代からの技術や経営方針について学びつつ、将来の計画を立てています。
特に、承継において重要な「資金計画」や「人材育成プラン」を具体的に進める予定です。
また、製造技術や顧客との関係維持に必要な知識も早期に身につけるため、日々の業務に取り組んでいます。さらに、社内外の人脈を活かしてアドバイスをもらうことで、より実践的な知識とスキルを蓄積し、承継に備えたいと考えています。
最後に、事業承継ラボの読者、特にアトツギの方々へメッセージをお願いします。
事業承継は大きな責任が伴いますが、それ以上にやりがいも大きいです。
家業に戻る際には、今までの経験を活かしながらも、柔軟に新しいことに挑戦することが大切だと思います。皆さんも自身の強みを活かしながら、家業を発展させていってください。
特に同じアトツギとして、様々なチャレンジを共有し、お互いに切磋琢磨しながら未来に向けて一緒に頑張りましょう。