創業57年の歴史ある板金加工会社、株式会社ヤスナガの四代目であり、モンベルに勤務していた経験やご自身の趣味であるアウトドアを活かし、アトツギ・ジャンプなどにも参加している安永翔太様にお話を伺いました。

株式会社ヤスナガは創業57年を迎えましたが、事業概要についてお聞かせいただけますか? 

 株式会社ヤスナガは創業57年目で、事業としては私で四代目、会社としては三代目になります。

 まず曾祖父が個人商店として鍛冶屋を創業したのが始まりとなり、祖父が1968年に有限会社を設立し、1994年に父が承継して規模拡大、組織の整理を実施しました。

 祖父の代には社員数10名ほどで、事業もシャーリング加工という材料の切り出しを専門としていたのですが、父の代で曲げや溶接までを一貫して行う精密板金業にシフトしていき、社員も50名ほどに増員しました。

 父は元々銀行に勤めていたのですが、帰って来た当初の家業の様子は、元銀行員からするとあり得ない状況だったそうです。そこで「普通の会社を作る」をスローガンとして、給与評価制度の導入など透明性のある組織づくりに努め、それが規模の拡大に繋がったと聞いていますね。

板金業界のトレンドについてご教示ください。

 板金業界のトレンドとして、今後より一層の環境の変化と、それによる淘汰が進むと考えています。

 その要点としては、デジタル化の加速、サステナブルな調達の要請、ワンストップ需要の高まりの3つです。

まずデジタル化の加速についてですが、AI・ロボットの導入によって、生産力はこれまでとは桁違いに発展していくでしょう。生き残るのは、その変化への対応力と、新しい技術を取り入れることができる会社だと思います。

板金という業界は機械がなければ加工できないという特性がある以上、新しい設備を導入できるだけの資金的な体力が必要です。

ある程度の利益上の余裕、組織としての体力が、今後も板金業界には重要だと感じています。

また二点目に、サステナブルな調達の要請があります。

特に欧米に顧客を持つ産業用機械メーカーは、サステナビリティに関する厳しい基準を我々サプライヤーに対しても求め始めており、今後国内でもこの動きが加速することは間違いありません。

サステナブルな調達というのは、たとえばCO2の排出量削減といった環境問題であったり、従業員に対し不法な働き方を強要していないか、会社としてどう取り組んでいるか、ということです。今後はこの動きに対応できない会社は仕事を受けることが難しくなっていくことが予想できるので、弊社も男性育休の取得や残業の管理など、当たり前のことを当たり前にできるようになろうと今頑張っているところです。

加えて三点目にワンストップ需要の高まりがあり、現在は材料調達から組立までを首尾一貫して受託できるサプライヤーが求められるようになってきています。

ただし需要の高さにもかかわらず、都市圏の工場は面積の狭さのためにこれに応えきれていないという部分があるので、土地面積が広い地方の工場にはその点チャンスがあると思っています。

貴社の従業員さんがヤスナガで働く理由はなんだと思いますか?

 率直に答えてしまうと、給料だと思います。

 後継ぎとして社員の方々にこの会社の何がいいですか、なんて聞く機会があるのですが、そこで真っ先に出てくるのは給料の良さなんです。

 当社は柳川市という福岡県の地方部にあるのですが、基本給は福岡市内の標準以上をキープしているうえ、利益が出たらボーナスも惜しみません。社員への還元を大事にしているというのは、父が昔から言っていたことなんです。

 加えて僕含め複数の社員が男性育休を取得しており、社員の働きやすさにも力を入れています。

モンベルやリバーガイドのご経験を経て、福岡にUターンされたきっかけがあれば、お聞かせください。 

 あまり大した話ではないのですが、同じ地元である妻と結婚するために福岡に戻ってきました。

 私は前職がモンベルだったのですが、当時モンベルは全社員が全国転勤の可能性がある会社でして、自分のライフスタイルとして一か所に留まって生活したいという気持ちがあったため、退職を決意したんです。

 ただ当時はアウトドア関連で生計を立てていこうと思っていただけで、家業を継ごうとはまったく考えていませんでした。

 それが私の実家に結婚の挨拶に行ったとき、父親に「会社を継ぐことも考えてみてくれないか」と言われたんです。

 それまでは東京の大学に行くときも「継がせる気はないから好きなことをやれ」と言われていたのを真に受けていたので、自分にとっては衝撃だったのですが、結局は妻とも話し合った末、家業を継ぐことに決めました。

お父様はどのような心境だったのでしょうか。

 後で聞いた話なのですが、僕が高校生だった頃はM&Aなど同族承継以外でも事業を続ける方法はあると考えていたようです。

 それが僕がUターンするまでの約10年の間で、やっぱり同族承継のほうがスムーズだと思い直したんだという感じがしますね。

 父も色々なことを考えて、最終的に親族内承継を選んだんでしょうね。

後継ぎとして現在取り組まれていることについて教えていただけますか?

 大きな枠組みでいうと、会社のサステナビリティに対する取り組みの整理を進めています。

 昨今サステナビリティの重要性が叫ばれていますが、私としては長いヤスナガの歴史の中で、まさに持続可能性を追求する取り組みが多数あったと思っています。

 たとえば社員の働きやすさに関してもそうですし、中小企業としてはBCP(事業継続計画)に力を入れているところも当社の特徴です。

 たとえば当社の設備には、同じことができる機械が必ず2台以上あります。それによって1台が急に故障してしまったとしても、納品を遅らせることがなくなるからです。

 もちろんメンテナンスをきちんとすることは前提として、そういったリスクへッジを当たり前のように行っていたことなども、サステナビリティという文脈から見ても当社の強みになるのではないかと感じています。

アトツギ・ジャンプ モノづくりに採択されましたが、今後は自社で製品を開発していくのですか?

 アウトドア関連は僕がずっとやりたかった事業で、板金業としてこれまで完全にBtoB企業だったのを、toCでも商品展開していければよいと思っています。

 弊社の既存事業はありがたいことに今すぐ潰れるという状態ではないので、僕自身の強みとヤスナガの強みを掛け合わせて、プラスな反応が得られればよいですね。

今後の後継ぎとしての展望についてお聞かせください。

大きく分けて、既存事業のブラッシュアップとアウトドア関連の新規事業に注力していきたいと考えています。

これまで話してきたように僕はアウトドアが好きで、アウトドアによって地方の活性化を促進することを目指しています。

ただ現状で有名な観光地がオーバーツーリズム状態にある一方で、僕が今住んでいる南筑後エリアなどは知名度が低いにもかかわらず十分に楽しめる自然がたくさんありますし、これは日本全国でも同じことだと思うんです。

そしてそこに板金という私の家業を組み合わせることで何ができるかとこれまで考えてきて、今回のアトツギ・ジャンプでようやく一歩を踏み出せるな、といった感じですね。

 事業承継ラボの読者に向けて、メッセージをお願いいたします。

 最近カタカナで「アトツギ」という表記がされることが増えてきて、一般にも普及してきていると思うのですが、実を言うと僕も当初はそうした動きを斜めに見ていたタイプでした。

 それがつい数年前から縁によってアトツギ関連のプロジェクトに参画するようになって、僕が言えたことではないですが、どんどん心を開いてみたほうがいいという気持ちになったんです。

 僕の場合は、行政が「アトツギ」に対する支援を開始するタイミングに偶然知り合いから紹介いただき、支援側の方々と繋がることができました。

 「アトツギ」への注目が高まっている今というタイミングは、「アトツギ」の皆さんにとっては大きなチャンスになるはずです。少し風向きが変われば見向きもされなくなる可能性もありますから。

 ですので、皆さんにはこの流れを好機と捉えて、前向きに見てくだされば嬉しいですね。