名古屋のシンボル金鯱をイメージした和菓子を販売して創業117年に至る元祖鯱もなか本店において、廃業寸前の苦境からSNSマーケティングの活用によって経営を立て直した専務取締役古田憲司様にお話を伺いました。
事業概要としては、和菓子・洋菓子の製造販売になります。
製造したお菓子は本店での直売、お土産屋さんなどの売店に卸しての販売、ECサイトでのネット販売と、三つの販路を軸に展開しております。
鯱もなかは、その名の通り鯱を模った最中というとてもシンプルな和菓子ですが、細部までクオリティにこだわって製造しております。
まず見た目としては名古屋の金鯱をそのまま小さくしたもので、ミニチュアのようなかわいらしさを感じられます。
中の餡子は北海道産の小豆を使用した自家製であり、当社特有の配合を重ねた結果、甘さ控えめでたくさんの人が食べられるような口当たりとなりました。
皮の部分はもち米を原料としていますが、その香ばしさは焼き加減や水分の配合量によって変化してくるものなので、当社としても最も食べやすい仕上がりを追求してきました。現在はサクサク感と香ばしさが強い出来上がりに行きついていますね。
やはり4代にわたって経営してきて、大戦もコロナ禍も生き延びてきたんですから、変わっていないということはあり得ないですよね。
その中で一貫している方針としては、数ある和菓子屋さんの中でも、特にお土産需要を狙っているということです。そもそも明治時代に鉄道網が整備され、遠方から名古屋に来訪する人が多くなったために、名古屋らしさを押し出そうとしたことが鯱もなか考案の始まりでしたし、お土産物を扱う店としての伝統があると考えています。
一方で世相の変化として大きいのが、お菓子の種類がはるかに多様化を遂げているということです。戦後にケーキやクッキーといった洋菓子が一気に普及し、かつてのお菓子といえば饅頭、という時代は終わりを迎えました。そこの部分はメニューを増やすなど適宜変化を加えてきたことで、ここまで事業を存続させることができたのだと思います。
前職として一番キャリアが長かったのは商社でしたが、そこでの仕事がハードだったこともあって副業として不動産経営を始め、その流れで個人事業として独立しました。
不動産投資にもジャンルがあるのですが、私が経営していたのは少人数向けレンタルスペースです。当時レンタルスペースの運営は今ほどは流行っておらず、特に名古屋では誰もやっていなかったので、しばらくは当たりました。ただ本格的にコロナ禍が到来すると、時間ができたサラリーマンなんかが参入して旨味も減って来たので、結局は手放してしまいました。
そんな折に妻の実家の和菓子屋がもう店仕舞いするという話を聞いて、私がこれまで築いてきた知識やノウハウで事業を残していくことができないか、と考えました。そこで猶予を貰って事業承継に乗り出したことがきっかけとなります。
SNSの試作は順序立てを考えて進めました。
実際の流れとしては、最初はオンライン販売の動線を整備することから始め、その動線を大きく広めていくことを意識してプレスリリースを書いて各メディアに送ると、それがヤフーニュースになってバズった、という順序になります。
もちろんそれがバズるかどうかなんてことは分からないのですが、ただ順番を考えてできることをすべて整えた結果、たまたま当たったと。そうするとテレビやラジオなどのメディアが注目してくれて、その機会を活かしてSNSに人を誘導できますし、次に繋がるような働きかけをしていけるようになってきます。
その具体的な形としてコラボがありますよね。今は推し活ブームなので、ももいろクローバーZさんなどの影響力や知名度がある方とコラボすることで、そのファンの方々もお客さんとして取り込むことができました。
僕としては、すべてを鯱もなかの商品を名古屋の定番に持っていくためのステップとして捉えており、マスコミに来てもらうことも、有名人とコラボすることもその一環です。目標のためにはっきりと順序立てをして、適切なブランディングと宣伝をしていくことを意識しました。
跡継ぎさんの場合、事業を伸ばすために何か新しいことをやっていこうという思考になるでしょうし、そのうえでSNSコンサルなどが寄ってくることもあるでしょう。
ただしSNSはあくまでツールであって目的ではないので、具体的な受注や採用に繋がるとか、バズる以外の目標を持っていないと、効果が分からなくなってしまいます。
特にSNSを運営する中小の企業さんに向けて伝えたいことは、目の前の数字を集めるのではなく、その向こう側にいる人間の集合体にアプローチしていく、ということをイメージしていくとよいと思います。
私は元々ビジネスパーソンとして組織の中で働いてきた人間だったので、ほぼ個人事業主である先代とのコミュニケーションは本当に難しかったです。
私の場合は妻の父ですが、これがもし自分の父親であったとしても、やりやすくなる部分とやりにくい部分は両方あったのではないかと思います。
ですので家業を継いでいくうえでは、理不尽なことを飲み込まざるを得ないときもあるでしょう。ですがそんなときにこそ、当初の自分の志に立ち返るといいますか、自社のサービスや商品が何のためにあり、自分がどうしていきたいかを見つめ直す機会にもなり得るはずです。
背景としては、元々書籍化したいという思いがあり、X(旧Twitter)上での出版社との交流で実現したということになります。
本の内容としては、当社がピンチの中からどう巻き返してきたかという取り組みの紹介が主で、普通は言葉にしないようなことなのですが、その背後にはやはり一貫した戦略があるのだということを伝えています。
今のところ頂いてる感想としては、ビジネス本でありながらも人生で普遍的なことを読み取れる、などのお言葉を貰っていますので、私と同じ境遇にある跡継ぎの人はもちろん、そうでない人たちにも広く読んでもらいたいですね、
属性は限定しませんが、マインドとしては人生をより良くしたい、そうした希望を持っている人に読んでもらいたいです。
現状を良くしようという試行錯誤を書き記した本なので、とにかく現状に満足せずに変わっていきたい願望がある人にはよく合っているはずです。
私自身40代に入ったので、この会社をさらに次に繋いでいくことを本格的に考えていきたいです。
私は自分の代で成り上がりといったタイプではなくて、どちらかといえばこれまで連綿と続いてきたものを次の世代にバトンタッチする、その橋渡しになりたいという気持ちがあります。自分はたまたまそこにいただけ、という。
この会社をどれだけコンディションがよい状態で引き渡せるか、そこを追求するのが今の自分の役割だと思いますね。
事業承継するような企業って、やはりどこかに唯一の価値があるはずなんです。理由もなく生き残ってくることはありませんから。
跡継ぎとしてはそこをしっかり見つめて、時代は変われど残すべきところは残していくし、変わるべきところは時代に合わせて変わっていく。これってすごく尊いことなので、皆さんとも一緒に事業を遺していければよいと思いますね。