株式会社岡田商会
設立:1980年
所在地:大阪府
事業内容:印鑑・スタンプ製造販売、オリジナル商品企画開発、IPライセンス商品展開、PR支援事業
取締役:岡山耕二郎氏
https://okada-shokai.co.jp/
デジタル化の波が押し寄せ、ハンコの需要が減少している現代。
印鑑業界は年間10%という市場縮小に直面している。
多くの企業が苦境に立たされる中、大阪に本社を構える株式会社岡田商会は、伝統的な印鑑製造業から「推し活」「アニメグッズ」といった成長市場への大胆なピボット戦略で注目を集めている。
同社を率いるのは、神戸大学国際文化学部出身の岡山耕二郎取締役。家業承継への想いを胸に、月100万円の赤字という倒産寸前の危機を乗り越え、IPライセンス商品で V字回復を果たした革新的リーダーだ。
年間10〜20%成長を続けるアニメグッズ市場において、ポケモン、手塚治虫作品、僕のヒーローアカデミアなど、誰もが知る人気キャラクターとのコラボ商品を次々と世に送り出している。
今回のインタビューでは、伝統ある家業をどのように現代に適応させ、次世代へと繋いでいくのか。事業承継への深い想いと共に、その戦略の全貌を語っていただいた。
岡山氏の事業承継への道のりは、幼少期から始まっていた。
父親が社長、母親が経理を担う共働き家庭で育った岡山氏は、両親の働く姿を間近で見続けてきた。
「父が社長で母が経理という環境で、両親がずっと共働きで会社を支えてきました。小さい頃から両親の背中をずっと見ていて、家にいることも少なかったですし、平日は夜遅くに帰ってきて、また朝早くに出ていくような生活でした。」
他の家庭と比べて家族団らんの時間は少なかったものの、岡山氏は両親の仕事への献身的な姿勢に深い感銘を受けていた。
「なんか、これだけ仕事に打ち込めるのはかっこいいなみたいなことはずっと感じていました」と振り返る。
長男として生まれた岡山氏にとって、家業承継は自然な流れだった。小学生の頃から「うちの会社を継ぐことになるんだろうな」という漠然とした意識を持っていたという。
しかし、その意識をより強固なものにしたのは、岡山氏自身の体質的な事情があった。
岡山氏は5歳の時に重い病気の手術を受けた経験を持つ。
現在は完治しているものの、この病気の影響が家業選択の大きな要因となった。
「サラリーマンとして働くよりも、両親の会社に入って、親の目の届くところで働いた方が、体的にも心配はない」という判断から、高校時代には既に家業入りを決意していた。
神戸大学に進学した岡山氏だが、就職活動は一切行わなかった。書籍や言語が好きで選んだ学部だったため、経営の勉強は特にしていなかったが、家業への想いは揺らがなかった。
大学時代から同社でアルバイトを始め、製造現場でハンコ作りの基礎を学んでいた。
興味深いのは、大学の友人たちからの反応だった。「うち、両親がハンコのメーカーやってるから家業を継ぐ予定だ。」と話すと、複数の友人から「ハンコって将来あると思ってんの?」「本当に入って大丈夫?」と真顔で心配されたという。
しかし、岡山氏の決意は変わることはなかった。
岡田商会の創業は1964年、設立は1980年。当初は典型的なB2B事業として、国内の小売店に卸す事業を中心としていた。
街のハンコ屋さんが主要な販売先であり、安定した収益構造を築いていた。
しかし、2000年頃から業界に大きな変化の波が押し寄せた。
フランチャイズチェーンが台頭し、価格破壊が始まったのだ。
従来の販売ルートが次々と失われ、同社も危機的状況に追い込まれた。
岡山氏が大学を卒業した2000年頃、父親から告げられたのは厳しい現実だった。「ハンコ業界は斜陽だ、覚悟しておけ。」
しかし、この危機こそが同社の大変革の始まりとなった。
フランチャイズチェーンの脅威に対抗するため、岡山氏は父親と協議し、新規の販路拡大の為にネット通販事業への参入を決断した。
当時はまだインターネット黎明期で、ECサイトを手作りで構築するという困難な作業から始まった。
「その当時はネット通販もやる前だったので、B2Bでいわゆる街のハンコ屋さんの店主の方が商売相手でした。ハンコ屋さんに商品を作って下ろすという商売をしていたんです。」
大学時代からアルバイトとして製造現場で働いていた岡山氏は、卒業と同時に正式に入社し、ネットショップの責任者として事業の舵取りを任された。
しかし、ネット通販の世界は想像以上に厳しいものだった。
ネット通販に参入したものの、商品の差別化ができず、価格競争に巻き込まれた同社は深刻な赤字に陥った。
2015年頃には月100万円を超える赤字が続き、「あと数ヶ月で倒産」という危機的状況に直面していた。
広告費や人件費が経営を圧迫し、従来のハンコ販売だけでは生き残れないことが明らかになった。岡山氏は抜本的な事業転換の必要性を痛感していた。
2015年12月29日—この日は岡田商会の歴史において、最も重要な転換点となった。
同社が満を持してリリースしたオリジナル商品「ねこずかん」が、会社の命運を大きく変えることになる。
「ねこずかん」誕生の背景には、社員の意外な才能があった。
猫好きの社員が描いたイラストが非常に上手で、30種類を超える猫のイラストを手がけていた。
これらのイラストを「図鑑」というコンセプトでまとめ、スタンプ商品として展開することを思いついたのだ。
商品名の「ねこずかん」は、単に猫のスタンプを集めたものではなく、30種類を超える多様な猫のイラストが図鑑のように網羅されていることから名付けられた。
この「図鑑」というブランディングが、後の成功の鍵となった。
商品に込められた猫への愛情が本物だった。この真摯な想いが、商品の品質とストーリー性を高めることとなった。
「ねこずかん」の成功は、商品力だけでなく、戦略的なマーケティングにもあった。
SNSでの拡散とプレスリリースの配信により、メディアでの露出が激増した。猫ブームも追い風となり、商品は瞬く間に話題となった。
この成功により、同社は月100万円の赤字から一転してV字回復を果たした。「ねこずかん」は同社の代表商品となり、現在でも売上の中核を担っている。
しかし、成功は新たな課題も生んだ。「ねこずかん」の人気が高まるにつれ、類似商品や模倣品が市場に溢れるようになったのだ。
オリジナル商品のコモディティ化という問題に直面した岡山氏は、次の戦略としてIPライセンス商品への展開を決断した。
「模倣されることを前提として、誰にも真似できないライセンス商品を開発しよう」—この発想の転換が、同社を新たなステージへと押し上げることになる。
岡山氏自身の深い愛情と情熱に基づいた、本格的なコラボレーションだ。
最初の大きなブレイクスルーとなったのが、手塚治虫作品とのコラボレーションだった。きっかけは岡山氏の手塚治虫記念館訪問だった。
「手塚治虫記念館を訪れて深く感動し、翌日すぐに手塚プロダクションに連絡を取って直談判しました。手塚治虫先生の作品への愛情を伝えることで、商品化の許可をいただくことができたんです。」
この成功体験により、岡山氏は有名IPとのコラボレーションに確信を持った。重要なのは、作品への真摯な想いを伝えることだった。
手塚治虫作品での成功を皮切りに、同社のIPライセンス商品は拡大の一途を辿った。
現在では以下のような人気キャラクターとのコラボ商品を展開している。
これらの商品は、従来のハンコ・スタンプの概念を大きく超え、「推し活グッズ」「コレクターアイテム」としての価値を持つ商品として展開されている。
岡山氏のライセンス商品開発には明確な哲学がある。それは「ファンが本当に欲しがるものを作る」ことだ。
単にキャラクターを印鑑にするのではなく、そのキャラクターの魅力を最大限に活かしたデザインと機能性を追求している。
同社のIPライセンス商品は、キャラクターファンのコレクション欲求と、実用的なスタンプとしての機能性を両立させている点が特徴的だ。これにより、従来のハンコユーザーだけでなく、アニメファンや推し活ユーザーという新たな顧客層を獲得することに成功している。
IPライセンス商品での成功を基盤として、岡田商会はさらなる事業拡大を図っている。
その中核となるのが、PR支援事業と海外展開だ。
2021年から開始されたPR支援事業は、同社の「企画力」「デザイン力」「PR力」という3つの強みを活かした新事業だ。「ねこずかん」の成功で培ったSNSマーケティングとプレスリリース配信のノウハウを、他社にも提供している。
この事業は、単なる収益の多角化に留まらず、同社のマーケティング力の向上にも寄与している。
様々な業種のクライアントとの協働を通じて、市場トレンドへの感度がさらに高まっているのだ。
2023年12月、同社は海外向け通販サイト「FANCO」を立ち上げた。
日本のアニメ・キャラクター文化の海外人気を背景として、IPライセンス商品の海外販売に挑戦している。
「海外でもゴジラやヒーローアカデミアなどの人気は高く、約半年間で300〜400件の販売実績を上げています。
ただし、ハンコという文化自体が海外では受け入れにくい壁も体感しています。」
海外展開においては、商品力だけでなく文化的な差異への対応が課題となっている。
印鑑文化のない海外市場において、いかにスタンプ商品の価値を伝えるかが今後の鍵となりそうだ。
岡山氏の戦略の核心にあるのは、市場の構造変化への的確な対応だ。冷静な分析と、大胆な方向転換が同社の成長を支えている。
岡山氏は業界の現状を冷静に分析している。
ハンコ業界:年間10%の市場縮小
アニメグッズ・推し活市場:年間10〜20%の成長
この数字が示すように、従来のハンコ単体販売では持続的な成長は困難だ。
しかし、アニメグッズや推し活関連商品市場は急成長を続けている。岡山氏はこの構造変化を機会として捉えている。
「ハンコ業界は年々10%市場縮小していますが、ハンコ単体販売では厳しい。しかし、付加価値をどう乗せられるかが勝負です。アニメグッズ業界、ホビー・推し活業界は年々10〜20%成長しており、自社はIT活用・IPライセンスを生かして成長産業へ変化しやすい立ち位置にいます。」
市場転換と並行して、岡山氏は社内のデジタル変革にも注力している。
AI導入による業務効率化、システム化による生産性向上など、父親世代の昭和的経営からの脱却を図っている。
これは単なるコスト削減策ではなく、従業員の働きやすさの向上と会社の持続的成長を両立させるための戦略的投資だ。
同社の競合優位性は、以下の要素から構成されている。
これらの要素を組み合わせることで、単純な模倣では追いつけない独自のポジションを確立している。
事業承継について語る岡山氏の言葉には、従来の家業承継とは異なる現代的な価値観が表れている。
「現在子供はいないので、自分の子供に継がせる予定はありません。しかし、いい会社にして次の『誰か』に引き継ぎたいという思いは当然あります。」
この「誰か」という表現に、岡山氏の承継哲学が表れている。血縁関係に囚われることなく、会社の価値と文化を理解し、さらに発展させてくれる人材への承継を想定している。
岡山氏が目指すのは、父親世代の昭和的経営からの変革だ。
「父親世代は昭和的経営・属人的・アナログでした。自分の世代で業務改善・社内改革を進めて、『幸せに働ける』会社でバトンを渡したいと考えています。」
具体的には以下のような改革を推進している。
岡山氏の承継哲学で最も特徴的なのは、「伝統と革新の両立」への強いこだわりだ。
創業から60年近く培った印鑑製造の技術とものづくりの精神は大切に継承しながら、時代に合わせた革新的な商品開発と事業展開を推進している。
「創業者の想いでもある”ものづくり”の技術と、新時代の価値であるクリエイティブな商品企画・多様性を融合させて、後世に事業を残したいと考えています。」
この姿勢は、単純な事業転換ではなく、企業のDNAを維持しながら時代適応を果たすという、現代の事業承継における一つの理想形を示している。
株式会社岡田商会の岡山耕二郎取締役の事業承継ストーリーは、現代の中小企業が直面する課題への示唆に富んでいる。
同社の成功要因を整理すると、以下の要素が挙げられる。
岡山氏の事業承継には、従来の家業承継とは異なる現代的な特徴が見られる。
印鑑業界の枠を超えて、アニメグッズ・推し活市場で存在感を増す岡田商会。
岡山氏が描く「いい会社を作って次の誰かに継承する」というビジョンは、多くの中小企業経営者にとって参考となるモデルケースと言えるだろう。
デジタル化が進む中で、伝統的な技術と革新的な発想を融合させ、従業員が幸せに働ける環境を整備しながら、持続的な成長を実現する。岡山氏の取り組みは、事業承継の新しい形を示す貴重な事例として、今後も注目していきたい。