日本の繊維・アパレル産業が大きな構造変化の波に洗われた1990年代から2000年代。多くの町工場が廃業を余儀なくされる中、下請け専業から「メーカー直販型」へとビジネスモデルを劇的に転換し、成長を続ける企業があります。 創業1939年、刺繍加工の老舗、株式会社マツブンです。

かつてバーバリーなどの有名ブランドの刺繍を一手に引き受けていた同社ですが、生産・製造向上の低価格かが増え、海外に任せる企業が増える中、仕事が減少。その危機的状況で家業に戻った3代目の松本照人氏は、外資系企業で養ったマーケティングを駆使し、新たな市場を開拓しました。

今回は、下請けからの脱却、今治タオルとのコラボレーション戦略、そして書籍出版を通じた4代目への承継の想いについて、松本氏に詳しくお話を伺いました。

目次

マツブン様のこれまでの歩みについてお聞かせいただけますでしょうか。

株式会社マツブンは、基本的には洋服などに刺繍を施す「刺繍加工」の会社です。 創業は1939年(昭和14年)で、私の祖父である松本文作が始めました。社名の「マツブン」も祖父の名前から来ています。

創業当初、祖父は東京に3人しかいないと言われた職人の一人で、手刺繍(てししゅう)で個人の名前を入れるような仕事をしていました。その後、私の父である2代目が家業に入ったのですが、父は「手刺繍ではなく、ミシンを使って機械化するなら継ぐ」という考えを持っていました。そこで父の代からは機械化が進み、事業も拡大していきました。

高度経済成長期からバブル期にかけては、どのようなお仕事をされていたのですか?

70年代、80年代は景気も良く、日本中で「ワンポイント刺繍」がブームになりました。当社もその波に乗り、大きな機械を導入してアパレルメーカーの下請けを行っていました。長く担当させていただいたのは「バーバリー」や「ポロ」など、ありとあらゆるブランドの刺繍を手掛けていました。当時は私もそれらの商品を街中でよく目にしていました。

まさにアパレル産業の黄金期ですね。松本社長が家業に戻られたのはいつ頃でしょうか?

私は大学卒業後、アメリカの機械メーカーに就職し、サラリーマンを10年経験しました。その後、2000年にマツブンに入社しました。

しかし、私が入社した2000年頃というのは、ちょうど日本のアパレル生産が中国へと移管され始めた時期でした。洋服を作る工程自体が中国に移ってしまったため、「刺繍だけを日本でする」という仕事はなくなってしまったのです。完成品を輸入する流れに変わってしまい、父の代まで主力だったアパレルメーカーの下請け仕事が減少してしまった状態でした。

入社早々、仕事がないという状況だったのですね。

そうです。当初は父と同じように、なんとか下請けの仕事を探そうと奔走しました。しかし、全く見つかりませんでしたし、うまくいきませんでした。 そこで翌年、まだ珍しかった自社のホームページを立ち上げ、「アパレルの下請けやります」と発信したのですが、これにも全く反響がありませんでした。

どのようにして現在のビジネスモデルへ転換されたのでしょうか?

下請けの仕事を探すのではなく、ターゲットを変えることにしました。アパレルメーカー向けではなく、一般企業向けに刺繍商品を売ろうと考えたのです。 具体的には、企業のユニフォームとして使われるポロシャツやタオルなどです。無地のポロシャツをメーカーから仕入れ、そこにお客様である企業のロゴを刺繍し、直販で売るというモデルです。2002年〜2003年頃からこの事業に切り替えました。

当時はまだ「BtoBのECサイト」や「Webでの直販」は一般的ではなかったと思います。社内の反応はいかがでしたか?

当時、社内には父、母、叔父、そしてベテランの営業担当の方が1名いました。その営業の方はアパレルの下請け専門でした。 新しい直販事業については、完全に私一人で始めました。前職は機械メーカーでコンピュータとは無縁でしたし、退職する2〜3年前にようやく会社からパソコンが支給された程度の知識しかありませんでした。メールができる程度でしたが、「自分でやるしかない」と思い、ホームページ・ビルダーというソフトを買ってきて、一からサイトを作りました。

マーケティングや価格設定において、工夫された点はありますか?

実は当初、従来の業界の慣習通りに販売しようとしていました。つまり、ポロシャツの仕入れ値に利益を乗せ、お客様からロゴデータをもらい、版代(型代)を見積もり、刺繍代を計算して……という「積算見積もり」です。しかし、これではお客様にとって分かりにくく、なかなか売れませんでした。

そこで導入したのが「コミコミ価格」です。 「左胸サイズのロゴ刺繍であれば、ポロシャツ30枚から1枚1,800円。ポロシャツ代、刺繍代、版代、すべて込みでやります」というパッケージ価格を打ち出しました。枚数が100枚になれば1,500円に下がります、といった具合に明朗会計にしたのです。

これが当たりました。ちょうど「クールビズ」が推奨され始めた時期とも重なり、企業が夏のユニフォームとしてポロシャツを採用する動きが加速しました。

「刺繍×ポロシャツ」という組み合わせが企業のニーズに合致したのですね。

そうですね。通常、Tシャツやポロシャツにロゴを入れる場合、プリントが一般的です。プリントは安価で計算もしやすいですが、剥がれやすかったり、どうしても安っぽく見えたりするデメリットがあります。 一方で刺繍は、高級感があり耐久性も高い。この「刺繍なのに分かりやすい価格体系」という点が評判を呼び、数を伸ばすことができました。

大手企業との取引も多いと伺っています。

実績が増えるにつれ、許可をいただいた企業のロゴ入り商品をホームページに掲載させていただくようになりました。スターバックス様やAmazon様などの事例を掲載したことで、「Amazonもやっているなら安心だ」という信頼につながり、さらに多くのお問い合わせをいただく好循環が生まれました。

現在はポロシャツだけでなく、「今治タオル」も主力商品になっているそうですね。

はい。実はおかげさまで、ここ数年はポロシャツよりも今治タオルの方が売れています。 私が今治タオルに出会ったのは20年以上前、展示会でのことでした。まだ今治タオルが現在のようなブランドとして認知される前、あの有名なロゴマークができる前の話です。 品質の良さに惹かれてすぐに取り扱いを始めたのですが、当時は中国製の安いタオルばかりが売れて、全く売れませんでした。しかし、あのロゴマークが付いてブランディングが成功してからは、一気に売れるようになりました。

そこからどのように自社商品化を進められたのでしょうか?

7〜8年前から、既製品を仕入れるだけではなく、オリジナルの今治タオルを作るようになりました。他社との差別化を図るために、タオルの規格、デザイン、色などをすべてマツブンオリジナルで企画しました。

当社の提案の核となっているのが「ダブルネーム」という考え方です。 「今治タオルのブランドロゴ」と「お客様(企業)のロゴ」が並ぶことで、コラボレーションのような価値が生まれます。お客様にとっても、取引先や社員に配る際に「良いものを贈っている」という自信につながりますし、受け取った側も「安物ではない」と感じていただけます。

リピート率も高そうですね。

そうなんです。当初は記念品などのスポット注文を見込んでいたのですが、一度作ると評判が良いので、「来年もお願いします」とリピート注文をいただくことが増えました。 現在は13色展開しているので、「今年はネイビーにしたから来年は赤にしよう」といった具合に、選ぶ楽しさも提供できています。一度今治タオルを贈ると、翌年に普通のボールペンに戻すとグレードダウンしたように感じてしまう心理も働くようです(笑)。おかげさまで、非常にリピート性の高い商品に育ちました。

ビジネスモデルの変革を支えたのは、やはり御社の高い技術力にあると思います。刺繍技術の継承についてはいかがですか?

刺繍というのは、どこで頼んでも同じものができるわけではありません。プリントと違い、刺繍は「どう縫うか」を設計する必要があります。 イラストレーターのデータを機械に入れれば自動で縫えるわけではなく、糸の縫う順番、1センチの間に何本の糸を入れるか、角度はどうするかといった「パンチング(刺繍データ作成)」の技術が仕上がりを大きく左右します。 一般的な刺繍屋さんは、作業着に名前を入れる「ネーム刺繍」が中心で、これはフォントを選んで打つだけです。しかし、当社は長年アパレルブランドの下請けとして、複雑なロゴやデザインを刺繍で表現してきた経験と研究の蓄積があります。この技術力は他社との大きな差別化要因になっています。

技術や経営ノウハウを次世代に残すために、書籍を出版されたと伺いました。企業出版というとブランディング目的が多いですが、松本社長の意図は少し違ったようですね。

はい。元々は10年ほど前、東京商工会議所から賞をいただいたことがきっかけです。下請けから脱却したビジネスモデルが評価され、メディア取材や講演依頼が増え、出版社からもオファーをいただくようになりました。 ただ、いわゆるブランディング目的の自費出版で一千万円位掛かると伺い、全く興味がありませんでした。

しかし、今回出版に至った一番の理由は、現在28歳になる息子の存在です。 息子は現在、外部のマーケティング会社で働いていますが、元々は「10年修行したらマツブンに入る」と言ってくれていました。

息子さんへの事業承継を見据えてのことだったのですね。

はい。ただ、親子間で経営の話をすると、どうしても感情的になってしまいがちです。私と父がそうだったように、私と息子もおそらく喧嘩になるでしょう(笑)。 そこで、私がどのようなターゲット設定を行い、どのようなマーケティング思考で事業を変革してきたのか、その「肝」となる部分を書面に残しておこうと考えていました。

そんな時、日刊現代の方から出版のお話をいただき、「第三者の目線で、息子さんに書籍として残すのはどうですか?」と提案されたのです。その言葉がグッときました。 私が口頭で伝えるのではなく、プロの編集者が客観的に整理した文章であれば、息子も素直に読めるのではないか。そう思い、出版を決意しました。

実際に出来上がった書籍はいかがでしたか?

編集者の方の力で、内容は私の話したことそのものですが、構成や流れが本当に美しくまとまっていて感動しました。 私が入社した20年前は、Webマガジンもなければ、後継ぎがどうやって家業を立て直したかという情報もほとんどありませんでした。『ガイアの夜明け』を見るか、業界紙を読むくらいしか情報源がなかったのです。ですので、この本が息子だけでなく、同じように事業承継に悩む全国の後継者の方々の参考になれば幸いだと思っています。

 

今後の事業展開として、工場の拡大や海外進出などは考えていらっしゃいますか?

いいえ、支店や工場を増やして規模を拡大しようとは考えていません。 それよりも重視しているのは、同業者との連携です。私は3代目ですが、地方の同業者も同じように2代目、3代目が頑張っています。しかし、仕事がなくて困っているところも多いのが現状です。

M&Aで吸収するのではなく、パートナーとして連携するということですね。

そうです。マツブンがM&Aをして大きくなるよりも、業界全体としてそれぞれの会社と繋がりを持ち、連携して仕事をお願いする形を目指しています。 実は私の父もそういうタイプで、職人を育てては独立させ、外注先として大切にしていました。そのおかげでバブル崩壊後も、身軽な体制で生き残ることができました。 逆に、無理に工場を拡大した同業者が廃業していく姿も見てきました。その教訓もあり、今あるご縁や、現在家業を継いでいる方々と連携を取りながら、うまく共存していきたいという思いが強いですね。

製品面での新しい挑戦はありますか?

刺繍でできることは限られています。タオルは刺繍の独壇場ですが、Tシャツやポロシャツはプリントとの競合になります。 その中で、「刺繍の良さ」をもっと知ってもらうために、個人的な趣味でもあるのですが「刺繍ロックTシャツ」を作りました。 Amazonなどで販売する予定なのですが、通常ロックTシャツといえばプリントです。それをあえてクオリティの高い刺繍で表現することで、見た人がゾクッとするような、刺繍屋が見ても驚くような商品を作りました。これは夢のある挑戦として取り組んでいます。

これから事業承継に臨む方々へメッセージをお願いします。

正解なんて見つからないとは思いますが、やはり「時代に合わせて変えていく」しかありません。挑戦して、トライ&エラーを繰り返す。 現在は右肩上がりで来ていますが、息子が入社する頃にどうなっているかは分かりません。 息子には良い環境で働かせたいという親心もありますが、彼自身も挑戦したがるタイプなので、どんどん新しいことをやってほしいですね。 常に「次は何をすべきか」を悩み、考え続けること。そして、少しでも次の時代への足がかりを作ること。それが、今のバトンを持っている私たちの役割だと思っています。


編集後記

「下請けからの脱却」は多くの中小企業が掲げる課題ですが、それを約25年前に、しかも未経験の業界でマーケティングを活用し、成し遂げた松本氏の手腕には驚かされます。
しかし、その根底にあるのはデジタル技術への過信ではなく、「自社の技術(刺繍)を誰にどう届ければ価値が出るか」という本質的な問いと、顧客視点に立った「わかりやすさ(コミコミ価格)」の追求でした。

また、書籍出版の動機が「息子へのラブレター」とも言える客観的な記録の継承であった点に、事業承継のリアルと親子の絆を感じました。
「競争から協調へ」と業界全体の未来を見据えるマツブン様の今後の展開に、引き続き注目していきたいと思います。

株式会社マツブン 代表取締役

松本 照人氏
株式会社マツブン3代目代表取締役。外資系機械メーカーで10年間勤務後、2000年に家業へ入社。アパレルの海外生産シフトに伴う下請け仕事消滅の危機の中、自社サイトを立ち上げ、企業向け刺繍商品のweb直販事業へ大転換。「コミコミ価格」や今治タオルとのコラボで業績をV字回復させる。後継者である息子へのノウハウ継承を目的とした書籍も出版。

出版書籍

事業承継で脱・下請け戦略 ――1939年創業刺繍メーカー三代目社長のマーケティング&経営思考