中小企業の事業承継において、「親族内承継」か「M&A」かという二元論で語られることは少なくありません。しかし、実際の現場では、当初の計画通りに進むことの方が稀であり、予期せぬトラブルや経営課題に直面しながら、最適解を模索し続けるのが現実です。
今回インタビューにお答えいただいたのは、関西を中心に活動する一般社団法人つなぐチカラ 代表理事の中本美智子氏です。
中本氏は、自身が父親の会社の後継者として入社した直後に役員から「社内に不正」があることを告げられます。半信半疑で調査を開始すると、経理と営業が不正を行っていることが発覚。二人を辞めさせたため、急遽、自身が未経験の経理や資金繰りを担うことになります。廃業の危機に直面しながらもM&Aによる会社存続を成功させたという、極めて稀有かつ壮絶な経験を持つ人物です。現在は中小企業診断士として、また事業承継士として活動する傍ら、税理士、弁護士、司法書士など多様な専門家と共に「一般社団法人つなぐチカラ」を設立。
「同じ苦しみを味わう後継者を減らしたい」という信念のもと、チームで事業承継支援に取り組む中本氏に、その原体験と、専門家連携による新しい支援のあり方について、じっくりとお話を伺いました。
私のキャリアのスタートは、事務機器販売会社の営業補助職です。その後、いくつかの民間企業に転職し、傍ら大阪府吹田市で市民活動を始めたことがきっかけで大阪府吹田市の市議会議員を3期12年勤めました。市議会議員在職中に中小企業診断士の資格を取得、その後、父の機械製造会社に入社しました。
父がその会社を創業したのは、なんと64歳の時なんです。一般的には引退を考える年齢での起業ですよね。創業する父に「借金作るな、後継者つくれ」と依頼したことを覚えています。そこから10年ほど経ち、父が70代半ばになった頃、「そろそろ後継者をどうするか」という話が持ち上がりました。
まさにおっしゃる通りで、創業から10年経ってようやく「で、 誰が継ぐの?」と(笑)。 当時の会社は従業員が11名ほどの小規模な組織でした。社内の役員を見渡しても、ナンバー2の方は父と10歳ほどしか違わず、すでに64歳くらい。ナンバー3の方も、自分で会社を引っ張っていくようなタイプではありませんでした。日頃から、実家に帰ると、会社の状況は聞いていたものの、父が将来、会社をどうしたいのか、なかなか明確な回答がありませんでした。
ある日、ぼそっと「会社を大きくしなくてもいいが、試作機を自社でもって事業を成長させたい」と言ったのです。それなら、誰かがやらねばという想いにいたり、社内昇格による承継が難しい状況で、「娘である私が戻るしかない」ということになり、アトツギとして入社することになったのです。
不安だらけでしたね。父が産業機械の設計をしていることは知っていましたが、具体的な機械の仕組みや、取引先との関係性など、経営の細部は全くわからない状態でした。
そこで、入社してすぐの9ヶ月間、私は東京にある主要な取引先企業へ出向させてもらうことになったのです。父の会社の仕事の8割ほどをその1社から請け負っていたため、そこの副社長や次期社長となる常務の元で直々に仕事を学び、関係性を構築することが、会社を引き継ぐための最重要課題だと考えたからです。
はい。実は、私が9か月の東京出向を終え帰ってきたところ、役員2人から会社に不正がある。自分たちは数字がわからないから調べてほしいと依頼されました。そこから、会社の資料を家に持ち帰り、夜な夜な資料を調査する日々が続きました。2か月間調査した結果、経理担当者と営業2名による不正が発覚したのです。
本当にドラマのような話ですが、中小企業では決して珍しいことではないのかもしれません。不正を暴いた後、経理を担当することになるのですが、その期はすでに半年以上が経過していたにも関わらず、経理書類がきちんと処理されていない状況でした。半年をかけて経理書類を整理し、なんとか初めての決算を終えました。次の年は、仕入管理や原価管理など、社内の状況把握と改善を進めました。2度目の決算の後、半年後にキャッシュが足りなくなることに気づきます。
当初は私が代表として会社を継ぐ「親子承継(親族内承継)」を予定していました。しかし、この財務状況を見て、「私が借金を背負ってこのまま会社を存続させることは現実的ではない」と判断せざるを得ませんでした。
そうです。まさに私が修業に行っていた東京の取引先企業に相談を持ちかけました。「実はこういう状況で……」と洗いざらい話し、結果としてその会社が父の会社を買収してくれることになったのです。
M&Aによって父の会社は存続し、従業員の雇用も守られました。そして何より、売却益によって会社の借金を完済することができ、父の手元にも少しお金が残る形で着地できました。
そう言っていただけると救われます。最近、セミナーなどでこの話をさせていただく機会が増えているのですが、私はこれを「親子承継には失敗したが、M&Aには成功した事例」としてお話ししています。
この経験があったからこそ、「中小企業の事業承継は、教科書通りにはいかない」「もっと実戦的な支援が必要だ」と痛感しました。それが、私が中小企業診断士や事業承継士の資格を取り、支援側のアドバイザーになろうと決意した原点です。
「つなぐチカラ」は、事業承継士の資格取得講座で同期だったメンバーが集まって立ち上げた組織です。メンバーの構成が面白くて、税理士、中小企業診断士、弁護士、社会保険労務士、司法書士、不動産鑑定士、ファイナンシャルプランナーなど、幅広い士業のメンバーが揃っています。
本当にたまたま同期だったメンバーなのですが、みんなバラバラの専門性を持っていたんです。 講座が終わった後も、「せっかくこれだけの専門家が集まったのだから、何か一緒にやりたいよね」という話になり、そこから毎月欠かさず集まって勉強会や食事会を重ねてきました。
最初は「法人にするなら株式会社か社団法人か?」といった議論から始まり、ロゴを自分たちで考えたり、理念を話し合ったり。約2年近い準備期間を経て、昨年ようやく一般社団法人化しました。
単なるグループでも活動はできます。しかし、私たちは「事業承継」という、企業の存続に関わる重大なテーマを扱う以上、責任ある組織として対外的に認知されたいという思いがありました。
また、メンバー全員が「事業承継士」という資格を持ち、マインドセットを共有しています。それぞれの専門分野(税務、法務、労務など)についてはプロフェッショナルですが、事業承継はその前後を含めた総力戦です。 一人の専門家では解決できない問題も、このメンバーならワンストップで解決できる。その強みを社会に提供するためには、法人という「器」が必要だと判断しました。
正直に申し上げますと、私たちの中にいわゆる「リストホルダー」がいないことが最大の課題です。 例えば、何百社もの顧問先を抱えている大規模な税理士法人や、顧客基盤のある金融機関出身者がメンバーにいれば、そこから案件を紹介してもらうことができます。
しかし、私たちは全員が独立系の専門家であり、これから顧客を開拓していく立場です。「いかにして仕事を取ってくるか」「どうやって私たちを知ってもらうか」が、目下の最大の悩みであり、注力すべきポイントですね。
2026年からは、セミナー活動に力を入れていこうと考えています。 ただし、よくある専門家が一人で登壇して一方的に話す形式ではなく、「対話型(掛け合い)セミナー」を展開していく予定です。
例えば、「税理士 × 中小企業診断士」の組み合わせで登壇し、一つの事例に対して「税務的にはこうするのが正解ですが、経営戦略の視点ではどうですか?」といった議論をその場で見せる。あるいは「不動産鑑定士 × 弁護士」で、資産評価と法的リスクの両面から切り込む。視点の異なる専門家が掛け合うことで、経営者の方により多角的でリアルな気づきを提供できるのではないかと考えています。
事業承継には「唯一の正解」はありません。税金対策ばかりに気を取られて後継者の育成がおろそかになったり、法的な手続きは完璧でも従業員の心が離れてしまったりすることもあります。 私たちの強みは、そういった「抜け漏れ」をチームで防げることです。
現在は、この「掛け合いセミナー」のコンテンツを作り込み、商工会議所や金融機関、行政機関などに提案していく準備を進めています。
結論から言えば「どちらも」です。ただ、時代の流れとしてM&A(第三者承継)の比重は増えていくだろうと予測しています。
最近はM&Aの仲介業者も増え、「売りましょう、買いましょう」というマッチングばかりが先行しているように感じます。 しかし、本当に大切なのは「成約した後」です。会社が売れた後、従業員はどうなるのか、社風は守られるのか、買い手企業とどう融合していくのか。いわゆるPMI(Post Merger Integration:統合プロセス)の部分です。
中小企業診断士としての視点では、このPMIこそが成功の鍵だと思っています。単に売買を成立させて終わりではなく、その後の統合プロセスまで伴走できるのが、私たちのような「実務家集団」の強みだと自負しています。
設立準備の2年間、メンバー全員で何度も話し合って決めました。 「事業承継」は、単に株式や役職を渡すことではありません。創業者の「想い」、これまで培ってきた「技術」、お客様との「信頼関係」、そして従業員の「生活」。これらを次の世代へ、あるいは新しいオーナーへと「つなぐ」行為です。
そのバトンパスを円滑に行うためには、専門知識はもちろんですが、人の心に寄り添う「チカラ」が必要です。 私たちは専門家の集まりですが、決して先生業として上から指導するのではなく、経営者や後継者と共に汗をかき、力を尽くしてバトンをつないでいきたい。そんな想いを「つなぐチカラ」という名前に込めました。
基本的には「近畿圏」を足場にしつつ、ご縁があれば地域を問わず支援させていただきたいと考えています。
ただ、中小企業の支援はやはり「対面」での信頼関係が重要になる場面も多いです。まずは私たちの目の届く範囲、手が届く範囲のお客様を大切にしていきたいですね。
ぜひ進めていきたいです。特に自治体においては、地元の企業が廃業してしまうことは、雇用や税収の面でも大きな損失です。しかし、行政の窓口だけで複雑な事業承継の相談に対応するのは難しいのが現状だと思います。
そこに私たちのような「外部の専門家チーム」を活用していただきたい。 「税金のことなら税理士」「法律なら弁護士」とたらい回しにするのではなく、「つなぐチカラに相談すれば、チームで対応してワンストップで解決策を提案してくれる」という存在になりたいですね。
2026年は、私たちにとって「動く年」です。 セミナーや情報発信を通じて、まずは「つなぐチカラ」という存在を知っていただくこと。そして、実際にいくつかの案件を通じて、「チーム支援」の有効性を証明していくことが目標です。
事業承継に悩まれている経営者やお父様、そして後継者の方へ伝えたいのは、「一人で抱え込まないでください」ということです。 社内の人間には相談しにくい、顧問税理士には専門外だと言われた……そんな時こそ、私たちのような第三者を頼ってください。
私自身、父の会社を継いだ時に、誰に相談していいか分からず本当に苦しい思いをしました。不正の問題、資金繰りの問題、従業員との関係……。あの時、今の私たちが作っているような「チーム」がそばにいてくれたら、どれほど心強かっただろうかと思います。
「M&Aか親族承継か」を決める前に、まずは「会社をどうしていきたいか」を一緒に話しましょう。そのための「つなぐチカラ」になりたいと思っています。
「M&Aで会社を売却した」と聞くと、ビジネスライクなドライな決断を想像するかもしれません。しかし、中本氏の言葉の端々からは、家業への深い愛情と、従業員や取引先を守ろうとした苦渋の決断の重みが感じられました。
「失敗したからこそ、語れることがある」。 そう明るく語る中本氏の姿勢は、多くの後継者にとって希望になるはずです。
また、「つなぐチカラ」というチームの存在も非常にユニークです。通常、士業同士の連携は「紹介」のみで終わることが多いですが、彼らは一つのチームとして強固な信頼関係で結ばれています。 「誰に相談したらいいかわからない」という事業承継の入り口において、これほど心強い受け皿はないのではないでしょうか。
大阪から始まる、新しい事業承継支援の形。これからの活動に注目です。
代表理事 中本 美智子氏 (中小企業診断士 / 事業承継士)
会社員として働いた後、市議会議員などの公職を経て、中小企業診断士の資格を取得。父が創業した会社に後継者として参画するも、社内不正による経営危機に直面し、M&Aで会社を存続させる。この壮絶な実体験から支援者を志し、2023年に士業が連携する「つなぐチカラ」を設立。当事者目線に立った親身な伴走支援を行っている。