1. 事業承継の準備に必要な「事業承継計画」とは
事業承継計画は、経営者が引退する時期から5年から10年程度さかのぼった期間、会社を取り巻く経営環境がどのように変化し、経営者と後継者がそれぞれの立場でするべきことかなどをまとめた具体的な行動計画です。
売上や経常利益の推移、株式や資産移転、後継者の育成のスケジュールなどを考慮して作成します。
<キャプション>中小企業庁「経営者のための事業承継マニュアル」を参考に作成
◯事業承継計画を立てる7つの手順
計画策定の具体的な手順について考えていきます。計画を立てる前に現状整理などの準備が必要です。大きくは下記のような7つの手順で進めます。
1)創業からの歴史を振り返る
なぜ、どういう思いで、その事業に取り組むことに決めたのか。事業の転機となった出来事など過去を振り返り、事業を継続するなかで培った経営理念や価値観を明文化しましょう。
2)自社の現状把握
経営状況を精査し事業の売上、経常利益、シェア、競合優位性など、自社の現状を整理・把握します。
3)未来に向けた成長の予測
事業承継後も会社の持続的な成長を促すために、将来の事業環境を予測します。もし何らかの不安要素や懸念点があるのなら、その対応策を検討しましょう。
4)経営方針を定める
「現在の事業を継続・発展させる」「業態転換を図る」「新規事業に乗り出す」など、長期的な経営方針を定めます。その上で、注力するべき事業領域を明らかにします。
5)目標を設定する
5~10年程度のスケールで、売上や経常利益、組織体制、シェアなど、具体的な数値目標を設定します。
6)現経営者・後継者の行動スケジュールを見積もる
経営方針、経営目標の達成に向けてどのようなステップを踏むべきか、具体的なスケジュールに落とし込みましょう。その際、経営者や後継者の年齢、後継者の育成状況、役職経営者から後継者に引き継ぐ権限や事業資産委譲のタイミングなどを計画します。
7)新経営体制移行に向けた課題整理
資金調達や設備投資、人員計画など、新たな経営体制へ移行するまでに克服すべき課題を整理します。専門家のアドバイスを受けつつ、計画をブラッシュアップし、自分がいつから具体的に事業承継について考えるべきか
2. 会社・事業の現状を分析する
事業継承計画のベースとなるのは、言うまでもなく現在の経営状況です。
事業をこれからも維持・発展させていくための条件は揃っているか、不足している経営資源は何か、克服すべき課題は何か。
これらを明らかにするためにも、まずは客観的な数値(データ)を集めましょう。
また、経営者の資産状況や後継者の現況についても整理します。
◯経営&組織の状況
まずは事業に関連するヒト、モノ、カネを把握することから始めましょう。重要な項目を挙げます。
<財務諸表>
- 売上
- 経常利益
- 負債
- 現預金の推移
など
<現在の事業状況・懸念点>
- 簿外債務はないか?
- すでに売却済の資産が帳簿上に残っていないか?
など
<組織体制>
- 全従業員の年齢
- 配属状況
年齢層に偏りがある場合は、突出した年齢層が退職時期を迎えるタイミングで人手不足が生じたり、退職金の支払いが大きな負担になったりすることも。
<設備投資と運転資金>
- 設備の更新時期
- 借入の見込み
など。
これらの情報は業績に多大な影響を与えます。正確な情報把握に努めましょう。
◯経営権の状況
株主が複数いる場合、どのような自社株式を発行しているのか、誰がどの程度の割合でそれを保有しているか、確認しておきましょう。
さらに、
- 経営者が会社の借入の連帯保証人になっていないか?
- 個人所有の不動産を担保に会社の借入を行っていないか?
- 経営者の個人資産を事業で利用していないか?
といった点にも確認が必須です。
資産を引き継いだ相続人との間でトラブルに発展することもあるため、経営者の資産状況をきちんと把握しておきましょう。
◯後継者の状況
後継者は次期経営者の自覚をもちつつ、業界を取り巻く環境への理解や経営の実務能力が問われます。そのため、
- 現在の能力と経営者として必要な能力のギャップ
- 事業承継が完了するまでの間に、いつどの段階でどの程度の知識や能力を身につけるべきか
といったことについて、先代経営者とコミュニケーションをとりながら決めることが大切です。
中長期の事業計画は、目標達成のためにどんな事業にどのような戦略・戦術で取り組むのかを定めたもの。
一方、事業承継計画は、経営者と後継者の思いを重ねながら、承継後も会社を成長させていくための指針となるものです。
事業承継計画も中長期の事業計画も、会社をどの方向にどのようなスピードで進めていくのか明記されています。
経営者と後継者の綿密なコミュニケーションをサポートするためにも、意識を擦り合わせて作りましょう。
3 事業承継の施策をスケジュールに落としこむ
多くの事業承継計画書では、
- 横軸=事業承継の着手から完了までの時間経過(10年が一般的)
- 縦軸=「事業計画」「会社」「経営者」「後継者」
をつくり、1年単位でそれぞれがやるべきことをまとめています。
事業承継の全体スケジュールだけではなく、具体的なToDoまで細かくまとめておくと、抜け漏れがなくなります。
不完全でも構いません。まずはざっと項目を埋めてみることから始めましょう。
以下、「事業計画」「会社」「経営者」「後継者」の4つの項目についてまとめます。
◯中長期の「事業計画」を立てる
現状の経営状況や税務状況などを踏まえ、10年間の事業計画を立てます。
経営の指針となる理念と事業が目指すべき方向性を明文化し、売上・経常利益などの数値目標を策定しましょう。
経営理念、基本方針、売上目標、経常利益目標、シェア目標、など
◯「会社」の行動計画を立てる
早い段階で経営者が主体となり、相続人に対する株式の売渡請求ができるよう定款の変更をしておきましょう。
自社株式の分散リスクを回避できます。
また、親族が保有する自社株式の配当を優先する代わりに無議決権株式化を進めたり、名義株の状況を把握した上で買い戻したりするなど、後継者に経営権を集中させるための手続きを計画立てて行いましょう。経営者に退職金を支給する原資を確保しておくのも忘れずに。
<必要な項目>
- 定款や株式などに関する変更手続きの時期
- 経営改善計画の策定
◯「経営者」の行動計画を立てる
自らの引退時期、後継者を選定・育成の計画、関係者への周知や業務の引き継ぎ、段階的な権限委譲の時期は、経営者が主体となって決めるべきです。
また、事後のトラブルを防ぐために、
- 贈与税の基礎控除枠を活用した計画的な自社株式の贈与
- 自社株式の分散を防ぐための生前対策として、後継者以外の相続人に配慮した遺言書の作成
を前もって進めておきましょう。
さらに、後継者が迅速に取引先や金融機関、従業員と信頼関係を築けるようサポート役を買って出るのも経営者の大事な務めです。
経営者の年齢、引退するまでの役職、持株割合、後継者への引き継ぎ、関係者への周知のタイミング、など
◯「後継者」の行動計画を立てる
後継者は、自社株式や権限、事業用資産を経営者から承継する立場です。
次期経営者として周囲から信頼を獲得するには、取引先や金融機関、従業員と積極的にコミュニケーションし、会社や事業に対する理解を深め、経営に関する知見を身につける必要があります。
そのためには、
- 主要な部署の役割を理解する実務経験
- 社外の経営や組織マネジメント研修への参加
などが必要です。
後継者の年齢、役職、後継者教育の進め方、持株割合、など
◯事業承継計画を開示・共有する
専門家の協力を仰ぎつつ、事業承継計画の内容が固まったら、取引先、金融機関、役員、幹部社員、一般社員など、事業にかかわるすべての関係者に計画内容を開示・共有します。
- これからどんな経営指針に基づいて会社を運営していくのか
- どのような計画で事業を発展・成長させていくのか
これらの点を抑えつつ、経営者と後継者が協力しながら一連の計画を説明し、関係者に理解と協力を促します。
ただ、あまりに大きな計画変更は関係者の信頼と信用を失う原因になることも。そのため、この開示のタイミングでは現実的な計画を立てておきましょう。
4. しっかり調べて状況に合わせて見直しながら進めよう
後継者の立場や事業経験、経営経験などによって、事業承継の完遂までの期間は変わります。
10年のような長期におよぶと、あらかじめ立てていた計画通りに進まなくなることもあるでしょう。
しかし、事業承継計画は絶対に守るべきルールブックではなく、状況に応じて書き換えながら精度を高めていくものです。
経営者や後継者の状況を見極めながら、少なくとも1年に1回の頻度で見直していきましょう。
また、会社経営や相続にかかわる法律や税制も随時改正されます。
事業承継計画を策定するときに困ったら、弁護士や税理士などの専門家の協力も仰ぎましょう。
さらに詳しく事業承継計画の全体像や具体的な作業内容を知りたい場合は、下記を参考にしてみてください。
事業承継についての概要を理解する
事業承継計画表フォーマット(Excelファイルが開きます)
事業承継の基礎知識 後継者の選び方やノウハウ、必要な資金、スケジュール、専門家・協会をまとめて解説
事業承継でかかる費用を知る 最新の特例事業承継税制や補助金まで
事業承継における資産の引き継ぎ 売買・贈与・相続と税金の基礎知識
事業承継の見えない資産 経営理念や従業員・取引先の信頼を引き継ぐ方法
執筆:武田敏則
図版:藤田倫央
編集:鬼頭佳代(ノオト)