経営資源は、設備や不動産、株式や現預金などの「目に見える資産」だけではありません。
などは、「目に見えない資産(知的資産)」と呼ばれています。
これらは、競合他社には容易に真似できない差別化ポイントであり、競争優位性の源泉とも言い換えられる大切な資産です。
本稿では、「目に見えない資産」の継承ついて解説します。
◯見えない資産が継承されないリスク
事業承継では、どうしても目に見える資産に重きが置かれがちです。
しかし、目に見えない資産を軽んじた結果、将来に禍根を残す懸念もあります。
・懸念1:経営方針にブレが生じ、事業が衰退してしまう
これまでに大切にされてきた経営の考え方を後継者が深く理解し、その考えに基づいて行動できるようになるまでには時間がかかります。
特に、中小企業では経営者の考えが事業に大きく反映されるもの。
順調な会社の経営者が交代した途端、経営方針が変わり、業績が坂道を転げるように悪化してしまうケースもあります。
そんな事態に陥らないためにも、後継者はこれまで培ってきた経営理念や経営ノウハウなどの承継に時間をかけ、こうしたリスクを最小化しましょう。
・懸念2:会社の信用が失われ、従業員や取引先の反発を受ける
先代経営者時代から働いていた従業員や、経営者の力量や人柄を信じて取引を行っていた取引先にとって、経営者交代は将来を不安に感じさせる要素の1つです。
後継者がこれまで異なる対応をした結果、従業員が大量退職したり、取引先から仕事を断られたりすることも。これでは、事業承継どころか事業の継続さえ危うくなってしまいます。
後継者が最初にすべきことは、従業員や取引先との信頼関係を作ること。経営者はそのサポートに全力を尽くしましょう。
会社の存在意義を示す経営理念。同業他社でも、経営者の価値観や理念、判断基準が異なれば、事業のあり方も大きく異なります。
特に中小企業の場合、経営理念は創業者の考え方が色濃く反映されます。経営者は後継者に対して、経営理念の成り立ちや意図について説明し、理解を深める機会を設けましょう。
◯経営理念を引き継ぐ3つのステップ
見えない資産の中でも重要な位置を占める経営理念。
経営理念を後継者へ引き継ぐためのステップを3つに分けて解説していきます。
・ステップ1 経営理念が生まれた背景を振り返る
それぞれの会社が異なる歴史、ストーリーを持っています。経営理念には、創業時の思いや、成功体験、失敗体験に裏打ちされた経営のノウハウが詰まっています。
現在の経営理念にいたった背景を整理し、後継者に伝えるべき内容やこれから変えていくべきポイントなどを明確にしておきましょう。
・ステップ2 社内浸透度をチェックする
従業員数が少ない会社は、経営者の言葉や考えに直接触れる機会も多いですが、数十名を数える組織になるとそうはいきません。経営理念を曲解したり、そもそも理解していなかったりする従業員も一定数いるでしょう。
事業承継のタイミングで、従業員がどれだけ経営者の思いが浸透しているか、アンケートで確認してみましょう。これによって、経営者と従業員の間にある意識の違いなどが明らかになり、後継者にとって今後の経営方針を考えるヒントになるはずです。
・ステップ3 経営理念を繰り返し後継者に伝える
経営理念を長期的に大切にしてほしいと望むなら、経営理念に共感し、それを体現してくれそうな後継者を選ぶことが重要です。
しかしながら、そういう人はすぐに見つるとは限りません。また、経営理念を言葉として理解するレベルと、本質を理解して行動にまで落とし込めるレベルには大きな差があります。
後継者の人選だけで満足することなく、後継者教育の一環として、経営理念やそれに沿った経営判断について話す機会を繰り返し持ち続けましょう。
顧客が必要とするサービスを企画し、実際に形にして提供するのは、組織を構成する従業員、そして取引先です。
彼らは会社にとって大切な資産と言えますが、当然、会社の所有物ではありません。
例えば、後継者の経営能力や人格が現経営者と比べて見劣りし、成長の見込みがないどころかこのまま衰退していくかもしれない……といった空気が社内に流れると、従業員は他社に流出してしまいます。
また、関係各所に事業承継の説明を疎かにすると、「ないがしろにされている」と感じてしまう取引先もいるでしょう。
配慮のない行為によって、信頼関係があっさり崩れてしまうケースは少なくありません。
事業承継において、後継者への信頼と期待を従業員や取引先に醸成してもらうことはとても重要です。すでに従業員と信頼関係を築いている経営者が率先し、現場と後継者のコミュニケーションがスムーズに取れるよう配慮しましょう。
◯見えない資産を引き継ぐポイント
見えない資産は有形の資産に比べて引き継ぎの完了が可視化しにくいため、上手く承継できているのか分かりにくいもの。
ここからは、見えない資産を引き継ぐためのポイントを見ていきましょう。
1)従業員
従業員の理解と協力は、円満な事業承継に欠かせません。しかし、従業員によっては事業承継をきっかけに、職場環境や労働条件、将来の人生設計に不安を覚える場合もあります。
そのため、後継者の公表と同時に、今後の経営方針や事業計画の展望について誠実に説明し、従業員の不安を払拭しましょう。
2)親族(特に、後継者以外の法定相続人)
経営の安定のためには、発行株式数の2/3以上の株を経営者に集中させたいところです。しかし、株式を持つ親族の理解が得られず、実現が難しい場合も想定されます。
そもそも、後継者以外の親族などの法定相続人には遺産相続の権利があるため、丁寧な説明を行うのはもちろん、資産分配についても配慮しましょう。
例えば、議決権のない自社株式や事業用資産以外の個人遺産などを相続内容にするケースもあります。相続争いは経営にも悪影響を及ぼすため、避けるのが賢明です。
3)取引先、金融機関
取引先は、自社の収益や事業計画に大きな影響を与える存在です。さらに、原材料の仕入れ先や販売先、融資を受けている金融機関から、これまでよりも厳しい取引条件を突きつけられる可能性もあります。
こうした不測の事態に備え、後継者の人柄や引継計画、資金、事業の未来についても、あらかじめ真摯に説明しておきましょう。
4)顧問弁護士、税理士
経営の頼れるパートナーは顧問契約を結んでいる専門家、つまり弁護士や税理士です。事業承継のサポートを望むなら、後継者や自社の状況に関する情報を正確に伝えておくのは不可欠。的確なアドバイスをもらうためにも、抱えている悩みを正直に伝えるよう心がけましょう。
後継者から見れば、「事業承継のタイミングで、いま会社が抱えている課題を一気に解消してしまいたい」という気持ちになるのはよく分かります。
しかし、経営権を引き継いだからといって、何もかも後継者の思い通りになるわけではありません。倒産などの差し迫った状況でもない限り、現状を急激に変えようとすれば、社内は混乱します。
早急な変革はトラブルのもと。事業承継後、やりたいことがあるのであれば、状況の変化についていけない従業員にも配慮した上で実行に移しましょう。
組織を円滑に事業承継後の体制へ移行するためのステップを整理します。
1)後継者決定~事業承継計画策定後
2)後継者の社長就任まで
3)経営者の交代後
経営者に必要なさまざまな能力。それは生まれ持っての素養や資質だけではなく、後天的な努力によって鍛えられる部分も多々あります。
後継者が次期経営者として周囲から認められ、事業を成長軌道に乗せるには、並々ならぬ努力が必要です。
逆に言えば、意識的に取り組まなければ、経営スキルはなかなか身につけられません。
経営者と後継者はそれぞれの立場で自らの使命を自覚し、計画的に学びを深め、見えないものの継承にも取り組んでいきましょう。
執筆:武田敏則
図版:藤田倫央
企画・編集:鬼頭佳代(ノオト)