【事業承継士 / 伊東悠太郎氏コラム】
事業承継はどの業界でも喫緊の課題ですが、農業界にクローズアップしてみると事態はより深刻で、世代交代が進んでいるとは言えません。具体的アクションにつなげるためには、皆さんが「やらなきゃ!」と思わないとスタートしません。だからこそ、そんなきっかけを創っていきたいと思っています。
自己紹介
私は富山県で水稲種子を栽培している農家です。富山県は県外向け受託生産量日本一の産地で、我が地域は発祥の地とも言われています。
いつかは実家を継がなければならないと漠然と思いながらも、一旦、全国農業協同組合連合会(JA全農)に就職し、担い手対策等に仕事をしておりました。親の病気を機に退職し、実家を継ぎ、農業の傍らで「農業界の役に立ちたい」を開業し、事業承継の啓発や支援、執筆などを行っています。
ご提供:井関農機株式会社
農業界における後継者不足の現状
――農業従事者の平均年齢の高さ
農業界においては、農業従事者数等の各種統計は軒並み減少し、上昇するのは平均年齢だけです。2025年には団塊の世代が全員75歳になり、既に大量離農が始まっています。農業界は定年がなく、むしろ定年就農という言葉があるくらいで、65歳からが新人という考えさえもありますが、本質的には20~40代の若手をいかに確保・育成するかだと思います。
新規就農者支援も様々な施策がありますが、定着率で見ると、必ずしも高くないのではないかと思います。
――後継者不足課題の深刻さ
また、親世代が回答していると思われる統計調査は、例えば、後継者だとされている人の農業従事日数が0日、あるいは1~29日というケースが一定数存在します。農業は全くやっていない、ほとんどやっていないけれど、子どもが後継者だというケースは、現実的な後継者にはなり得ないと思います。故に、統計値が示す後継者の現状よりも事態はより深刻だと思います。
いずれにしても、日本は人口減少社会に突入していのは間違いない事実です。各種統計数値が減少していることを嘆くよりも、100人でやっていた農業を10人でやるためにはどうするか、100人でやっていた農業を10人でやるためにしっかりと計画を立てようという論調の方が正しいように感じています。
自身が経験した”事業承継”の課題
――事業承継支援を始めたきっかけ
これは、まさに我が家の問題が最初のきっかけでした。60歳を超えた親と30歳を超えた自分がいて、我が家の農業の将来はどうするんだろうか、親が出来なくなった時に一体どうなるんだろうかという“漠然とした不安”がありました。何かしなければと思いつつ、時間だけが過ぎていました。
JA全農在職時、全国の農家と話をさせてもらうと、①どの地域でも、②どんな経営内容でも、③どんな経営形態でも、④どんな経営規模でも、⑤どんな年代・性別でも、みんなこの世代交代の問題で悩んでいるということに気付きました。当時、業務として事業承継支援があったわけではなく、これはもしかすれば農業界の最重要課題かもしれないと感じ、業務にしてしまおうと動き始めました。
――全国の農家が抱えている”事業承継”の悩み
全国の農家からは、「何からやっていいかわからない」という声が本当に多く寄せられたので、「共通のツールになるものを創ろう!」と思い、完成したのが“事業承継ブック~親子間の話し合いのきっかけに~”です。大袈裟ですが、これが完成した瞬間に空気が一変したように感じました。それからというもの、全国から講演依頼があり、「みんな悩んでいるんだろうなぁ」という想像から、「やっぱりみんな悩んでいたんだな」という確信に変わりました。
農業界で初の”事業承継士”という資格も取り、ますます頑張らなければと思っていた矢先に、親が病になり、予想はしていたものの突然のバトンパスとなりました。当事者として直面する事業承継は、頭で思い描いていたものとはやはり違い、精神的にも金銭的にも肉体的にも本当に苦しく、やはり元気なうちにバトンパスすることの重要性を痛感しました。そして、“事業承継ブック~地域全体の話し合いのきっかけに~“も完成させたところで、別の部署へ異動となりました。そこで兼業農家の限界も感じ、退職し、農業の傍ら事業承継をライフワークにして生きていこうと決めました。
事業承継ブック~地域全体の話し合いのきっかけに~
https://www.zennoh.or.jp/tac/business.html
農業界における事業承継の特徴と課題
農業は、“農地”と“地域”に密接に関係している業種です。農地という資産をいかにスムーズに負担なく若い人にバトンパスしていくかということが大事ですが、「相続未登記などにより、そもそもの地権者がわからない」「地権者がなくなっており法定相続人が散らばっている」「土地持ち非農家が激増しており、そもそも興味関心がない」「境界が曖昧で農地情報が不正確」といった農地に紐づく問題が多数存在しています。
また、地域の行事や役割も多数あり、特に若者がいない農村では、地域の祭り、消防団、青年団、パトロールなど、特定の人に過大な負担がのしかかっています。これも限られた人でやっていくためには、ダウンサイジングしていくことが必要かと思います。
いずれも個人で解決するには限界がありますが、問題提起する人がいなければ永遠に解決されない問題でもあります。
現在活動されている内容
【これまでのご支援実績】
〇講演や研修、執筆などの啓発活動
〇農業者向け事業承継実践塾
〇支援者向け研修会
〇JA全農「事業承継ブック~産地全体の話し合いのきっかけに~」監修
〇JA全農「ハッピーリタイアブック」監修
〇国・県の専門家派遣事業
――講演会への登壇・研修の開催
コロナの影響で今は激減していますが、これまで講演会に200回ほど登壇し、延べ1万人以上にはお話をしてきました。最近、事業承継について講演する人は増えましたが、当事者であり支援者でもあり冊子の作者でもあるというのは珍しいようで、おかげ様で99%がリピーターからのご依頼です。また、私の場合は税務、法務、手続きの話は一切しないことに決めています。そこは士業の方にお任せして、私は経営者と後継者の間にある言語化不可能な空気感、関係性に着目して、当事者として感じていることをありのままにお話をすることにしています。
――執筆活動
退職後も、JA全農の「ハッピーリタイアブック」や「事業承継ブック~産地全体の話し合いのきっかけに~」を監修させてもらいました。これは農業界に限らないと思いますが、税務的・法務的なマニュアルはたくさんあっても、話し合いや気持ちの面に重きを置いたツールがほとんどないということも、事業承継が進まない大きな課題だと感じています。実際、これらのツールへの反響は非常に大きなものがあると感じていますし、今後更に整備していきたいと考えています。
今後の取り組み
――「事業承継実践塾」の拡充
事業承継は、「共感率が高いけれど実践率が低い」という課題があると思います。これはエンディングノートと似ている気がしていて、みんな大事だというけれど、実際に記入している人はすごく少ないように感じます。だからこそ、わざわざみんなで定期的に集まって、しっかりと取り組んでいけるような場を創出するという目的で、「事業承継実践塾」を拡充していきたいなと考えています。
また、事業承継は100軒100通りなので、みんなそれぞれ違っていて良いと思いますが、そうすると何に取り組めばよいのかもバラバラで、なかなか取り組みが深まっていないことも実感しています。
事業承継自体が、定義も期限も曖昧で、みんなが同じ認識を持ちにくいという問題だからこそ、共通のものとして、「事業承継計画」の作成も普及していきたいと思っています。何をやれば良いかわからないという声もとても多いですが、事業承継計画を作れば良いんだと認識してもらえれば、少しは取り組みも進むのではないかと思っています。
――事業承継の”かかりつけ医”として
事業承継自体は目に見えるものでもなければ、すぐに収益に直結するものでもなく、また相手がある話ですから、やっていても面白くもなんともありません。ズルズル先送りされがちなテーマです。
そして、事業承継は、かかりつけ医・専門医の役割分担が必要です。士業などを中心に専門医は充実していても、肝心のかかりつけ医が少ないことも課題です。恐らく事業承継の問題の8割は、かかりつけ医が対応できる話で、税務的・法務的な問題など専門医の出番はその後の残り2割だと思っています。そのため、JAや行政等の職員の皆さんを対象にかかりつけ医の養成も進めていきたいと考えています。
経営者や後継者など、事業承継に悩まれている方へのメッセージ
私も実家を継ぎましたが、「本当にやっていけるのか?」「妻や子供はどうする?」「安定したサラリーマンの方が良いのでは?」など、考えてもすぐに答えの出ない問いがぐるぐると襲って来て、本当に悩み苦しみました。しかし今はこの選択が間違っていなかったと確信しています。
事業承継支援をしていても、これは人様の人生の決断のお手伝いというとても尊い仕事だなと感じます。事業承継で悩まない人はいないはずです。だからこそ、誰かがその悩みに寄り添ってあげられたら、気持ちが楽になるのではないかと思います。当事者にしかわからない悩みに寄り添っていける支援者、というよりは仲間でありたいと思っています。そんな仲間づくりをもっともっとやっていきたいのです。
また、これまでの経験の中で感じているのは、「対話型事業承継」という考え方です。対話というのは、自己(自分の内面)との対話もありますし、他者との対話もあります。自分で自分に質問をしてみる、他者に質問をしてもらうことで、漠然としている事業承継に対する考え方が徐々にブラッシュアップされてくるはずです。事業承継は、感情が大きく影響します。本心とは違うことを言ってしまうことやその反対もあります。時間の経過とともに考え方も変わることもあるので、この対話をとにかく続けていくことが大事なのではないかと感じ、提唱しています。
改めて、事業承継は人生そのものだと思います。継ぐか継がないか、いかに継ぐか、みんな悩んでいます。だからこそ、みんながもっと気軽に悩みや思っていることを相談できる空気感を醸成したいと思っています。そんな取り組みを広げていくことで、農業を次世代につないでいくことが出来たら良いなと思っています。
伊東 悠太郎 氏
県外向け水稲種子受託生産量日本一である富山県で、発祥の地でもある砺波市庄川町の農家の長男として生まれる。全国農業協同組合連合会(JA全農)に就職し、担い手対策、営農対策、園芸振興、農業者団体との連携、全農営農管理システム「Z-GIS」の開発、事業承継支援等に従事。
現在は、退職し、実家の水稲種子農家を継ぎ、その傍らで「農業界の役に立ちたい」を開業し、農業界初の事業承継士として、事業承継に関する啓発や研修、個別支援、執筆、全農営農管理システムZ-GISの普及活動等を行う。
・事業承継ブックシリーズ:https://www.
※問い合わせは、090-7748-5615へお電話下さい。