【事業承継士 / 伊東悠太郎氏コラム】
2016年から事業承継に関する活動を始めて10年以上が経過しました。農業界でも「事業承継」という言葉が広がった実感はありますが、実際の取り組みはどうでしょうか。だからこそ、「啓発」フェーズから「実践」フェーズへ、農業界全体を動かしていきたいと思っています。
自己紹介
私は富山県で水稲種子を栽培している農家です。富山県は県外向け受託生産量日本一の産地で、我が地域は発祥の地とも言われています。
いつかは実家を継がなければならないと漠然と思いながらも、一旦、全国農業協同組合連合会(JA全農)に就職し、担い手対策等に仕事をしておりました。親の病気を機に退職し、実家を継ぎ、「八代目伊東仁太郎」の屋号で営み農業の傍らで、事業承継支援や執筆などを行っています。
ご提供:井関農機株式会社
農業界における事業承継の現状
――令和の米騒動で明らかになったこと
お米が高いか安いかという話に論点が集中してしまっていますが、本質ではないと思います。そもそも農業者が減り、一方で経営規模は増えていくことは統計や施策を見れば明らかに予想出来たことで、その傾向は今後も続くでしょう。我々が考えるべきは、これから先、この日本で誰が農業をするのか、その人たちにどうやって託していくのかということに帰結すると思います。その人たちがスムースに、安定的に農業経営をしていけるには、業界全体でどういった取り組みが必要かということだと思います。
――変わらない農業界
活動開始した2016年当時も今も、事業承継の必要性や流れを講演して欲しいというご依頼をたくさん頂戴します。登壇回数は500回を超えているのではないかと思いますが、いつまでその内容を話さねばならないのかと思っています。10年やってこの現状なら、あと10年やっても「事業承継は大事ですよ、だからこんな流れでやりましょうね」という話をしているでしょう。
――農地や地域と切り離せない農業
農業は、“農地”と“地域”に密接に関係している業種です。農地という資産をいかにスムースに負担なく若い人にバトンパスしていくかということが大事ですが、「相続未登記などにより、そもそもの地権者がわからない」「地権者がなくなっており法定相続人が散らばっている」「土地持ち非農家が激増しており、そもそも興味関心がない」「境界が曖昧で農地情報が不正確」といった農地に紐づく問題が多数存在しています。
また、地域の行事や役割も多数あり、特に若者がいない農村では、地域の祭り、消防団、青年団、PTA、スポーツ指導、パトロールなど、特定の人に過大な負担がのしかかっています。これも限られた人でやっていくためには、適切にダウンサイジングしていくことが必要かと思います。
いずれも個人で解決するには限界がありますが、問題提起する人がいなければ永遠に解決されない問題でもあります。
国やJAの施策の中にも事業承継に関連する内容が多く盛り込まれるようになってきました。しかし、農業者が実感するような中身かというとそうではないと感じています。その結果がこの令和の米騒動にもつながっていると感じています。
2冊の本を出した意味
――【読む本】今日からはじめる 農家の事業承継
私自身、たくさん講演させてもらっていますが、それでも全国各地を隅々まで回ってというのは無理があります。その中で1人でも多くの人に農業の事業承継について考えて欲しいということで、共に農業界の事業承継を広める活動をしている石川県有限会社たけもと農場の竹本彰吾さんと共著で出版しました。
このページや時間制限のある講演では話きれない内容をたくさん盛り込んであります。きっと共感して頂ける部分も多いのではないかと思っています。この本が我々の講演の代わりになればと思っています。
――【書く本】書き込み式でよくわかる 農家の事業承継ノート
そして前述の本を読んで頂いた方には共感してもらえる内容だと自負をしていますが、そこから実践へというところがなかなか難しいなと感じていました。そこで、実際に書くという作業をすることで、この現状を打破したいと思い、2冊目「農家の事業承継ノート」を出版しました。ノートの流れに沿って取り組むことで、関係する皆さんがそれぞれの考えを整理し、ぶつけ合うことが出来ます。最終的には事業承継計画を作成するというところまでたどり着けるようになっています。
――結局は「きっかけ」の問題
農業界のなかなか進まない現状を憂いてはいますが、誰かを非難したいわけではありません。それではこの現状を打破するには何が必要かというと、単純にきっかけなんじゃないかと思っています。事業を営んでいると、農家であれば、目の前の農作業や作物の世話が最優先になります。特に数としては、小規模・中規模の家族経営が依然として多い農業界では、家族で事業承継の話をしようという空気にはならないでしょう。
だからこそ、意識的にきっかけを作らないと取り組みは進まないと思います。
「事業承継講座」を広めたい
――「事業承継講座」とは
今力を入れているのは、事業承継講座です。各経営体で話し合いしましょうと言っても進まないので、それであれば、時間と場所を決めて、みんなでやりましょうというシンプルなものです。ただし、「経営者」「後継者」「支援者」(※場合によっては家族や従業員も参加可)の三者が参加すること、単発の講座ではないので全カリキュラムに参加することが要件です。この時点でハードルは高いので、一定の問題意識を持った方しか参加できないようにしています。取り組んでいる内容は農家の事業承継ノートをやっているだけなので、難しいことは何もありません。これまでに複数の県で展開し、20組を支援してきました。これもきっかけづくりの一つです。
――「対話型事業承継」
この講座で私が意識しているのは、ずっと提唱している「対話型事業承継」という概念です。頭の中ではぼんやりと、漠然と考えたことがある人は多いでしょうが、それを言語化し、あるいは誰かに伝える、理解してもらうということを意識的にやっている人は少ないのではないでしょうか。自己との対話はもちろんのこと、時間をかけて他者との対話を繰り返すことで、自分の思考を整理し、クリアにしていく作業が必要だと感じています。講座では、私や支援者から色々な質問を投げかけることで、その対話を促進させることで、よりスムースな話し合い、計画づくりにつなげています。
――「みんなでやる」という空気感
この講座のもう一つの特徴は、「みんなでやる」ということです。事業承継というのは個々の経営体だけで、あるいは一人だけでやるのはとてもしんどくて、考え込んでも答えが見えず、フェードアウトしていきがちです。短期的・直接的なメリットを見出しにくく、なかなかモチベーションの維持も難しいものです。だから、講座にかかわる人みんなでやろうよということなのです。この空気感はこの講座に限らず、地域や部会や青年部など、なんでも良いのでもっと広げていきたいですね。「みんなやっているから自分もやる、自分もやるからみんなやる」という流れを作りたいです。
事業承継とは
――資産運用と同じ
日本農業賞大賞を受賞された農業者と事業承継の話をしていたら、それは資産運用と同じだねと仰いました。資産運用の三大原則は、長期、積立、分散です。
まず長期ですが、事業承継は数か月で結果が出るものではありません。短期的な成果を求めてしまいがちですが、年単位の長いスパンで捉えることが重要だと思います。多くの人が結果が伴わない数か月で取り組みをフェードアウトさせていくので、途中で辞めずに続けることが大事です。
次に積立ですが、慌てて一気に取り組んでも続かないし結果も出にくいです。毎月1回話し合いをするというように、農閑期も農繁期も、経営の良い時も悪い時も、コツコツと継続することが大事です。
最後に分散ですが、経営を分解すると、色々な役割や業務があります。農業界の場合、生産現場や機械操作から入る人が多く、経理や販売などのそれ以外の部分が後回しになっている印象があります。どこか特定の部分ということではなく、満遍なく取り組んでいくことが大事です。
――人生そのもの
講演の最後のスライドに入れているのが、宗教家内村鑑三の「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か事業か思想か」という言葉です。結局人はいつか死んでいくわけで、その時に我々農業者は農業という事業を通じて、何を遺したいのだろうかということを考えさせられました。
私の場合は、今のところ二つ考えています。一つは私の屋号にした「伊東仁太郎」です。家系図によれば初代から三代目までは伊東仁太郎を名乗っていたようで、私で八代目になります。
もう一つは「水稲種子」です。我々富山は現時点では日本一の産地です。そして、発祥の地とも言われています。これは私の力で成し遂げられるものではないわけで、そこに価値を感じています。今、色々なところでブランド化や差別化に力を入れていますが、これ以上ないものだと思っています。
ただ、これらも変わりゆく世の中を考えれば、前者については、姓が伊東じゃなくなったらどうするのか、女の子が継ぐ場合にも仁太郎を名乗らせるのか、血縁ではない人に事業承継するとなったらどうするのか、公社については、日本がお米を食べない国や外国からの輸入米が増えて日本一でなくなったらどうするのかという懸念点もあります。そういったことも含めて、これはすぐに答えが出る問いではないので、人生をかけて見つけていきたいと思います。そう考えると事業承継は人生そのものだなと感じるのです。皆さんだったら、この問いにどういう答えを出しますか?
伊東 悠太郎 氏
県外向け水稲種子受託生産量日本一である富山県で、発祥の地でもある砺波市庄川町の農家の長男として生まれる。全国農業協同組合連合会(JA全農)に就職し、担い手対策、営農対策、園芸振興、農業者団体との連携、全農営農管理システム「Z-GIS」の開発、事業承継支援等に従事。
退職後、「八代目伊東仁太郎」の屋号で実家の水稲種子農家を継ぎ、その傍らで農業界初の事業承継士として、事業承継に関する啓発や研修、個別支援、執筆、全農営農管理システムZ-GISの普及活動等を行う。
・今日からはじめる 農家の事業承継:https://www.ienohikari.net/book/detail/590
・書き込み式でよくわかる 農家の事業承継ノート:https://www.ienohikari.net/book/detail/594
・事業承継ブックシリーズ:https://www.zennoh.or.jp/tac/business.html
・Z-GIS:https://z-gis.net/99/index.html
現在活動されている内容
【これまでのご支援実績】
〇講演や研修、執筆などの啓発活動
〇農業者向け事業承継実践塾
〇支援者向け研修会
〇JA全農「事業承継ブック~産地全体の話し合いのきっかけに~」監修
〇JA全農「ハッピーリタイアブック」監修
〇国・県の専門家派遣事業
※問い合わせは、090-7748-5615へお電話下さい。





