昨年三代目社長が急逝し、全国的に珍しい女性での従業員承継を行った、尼崎市を中心にビルメンテナンス業を手掛ける株式会社栄水化学の長村和美氏に実際行われた従業員承継についてお話をお伺いしました。

創業 64 年の 栄水化学ですが、事業の概要をお伺いできればと思います。

事業概要としては、現在ビルメンテナンスや個人のお客様向けのハウスクリーニング等を行っています。

創業当初は主にワックスを製造販売していたのですが、創業者の親族の繋がりから尼崎信用金庫さんの清掃を請け負ったことを契機に、ワックスを製造する事業からワックスを使う清掃業に事業転換しました。
その後約60年間清掃サービスを提供してきました。現在はワックスの製造販売はしておりません。

以降は尼崎商工会議所様や大阪国際がんセンター様等とも懇意にさせていただいたのですが、今から28年前、三代目が社長になる前に、新規事業として一般のご家庭の清掃サービスも開始しました。そしてそのときの責任者として採用されたのが私、長村でした。

御社の強みを教えてください。

現在当社は従業員が約120名在籍していますが、まず全員が自社雇用であることです。この業界ではパートタイムの従業員も多くいますが、そういう方たちも弊社では100%自社雇用しているということが、創業時からの強みですね。
さらにその120名中、およそ100名は女性のパートさんになりますので、女性の割合が非常に高いことも特徴です。

実は正社員として、三代目が採用した女性は私が初めてだったんです。その時代にはまだ正社員が3名、それも典型的な家族(親族)経営でして、女性に限らず「働きやすい職場」というイメージはありませんでした。そんな中、承継前の三代目と私が協力して、就業規則を作ったり、社内体制の福利厚生を整えたり、女性のマネジメントを実施したりと様々な取組を行いました。その甲斐もあってワーク・ライフ・バランスの賞を頂いたりもして、現在どうにか「働きやすい職場」を構築できたかな、と思っています。

承継者が役員ではなく、統括部長であった長村様が承継された理由をご教授いただきたいです。

当時の役員が実際に事業に携わっていなかったことが大きな要因ですね。完全に家族(親族)経営でしたので、先代のお父さんである二代目や二代目の奥様も役員だったのですが、事実上は三代目と私が会社を運営していました。
そのときの役割としては、先代が社長として外部の活動を積極的に行って、私が内部でヒト・モノ・カネといわれるものを回すという形でした。

そうした二人体制を続ける中で、10年ほど前から「役員になってほしい」とは言われていたんです。
ただ私としてはやはり三代目のご子息がいらっしゃるので、会社は親族間で承継していただいて、自分は自分でご子息のパートナーとなるような後継者を作って早期退職するつもりでした。

それが昨年、先代が急死してしまいました。そして先代が亡くなった瞬間、会社を回せる人間がもう私しかいなかったんですね。先代の葬儀も、コロナ禍の中でしたから社葬ではなく家族葬という形を取りましたが、そのとき葬儀場に入りきらないほどのお花やたくさんの弔電が送られてきて、そうした取り仕切りも親族ではなく、私や会社の中核メンバーが担当しました。

そうしたこともあって、ご子息も結局は承継しないという判断をされました。それは先代が簡単には会社を継がせないというプロ意識があったり、また仕事と家庭を分けて考えるタイプの人であったということも大きかったんだと思います。

ただし私自身、社長の位に長期間いるつもりは全くなくて。最初、去年の段階であと5年という期限を自分の中で決めたんです。承継のゴタゴタでもう既に1年経ってしまったのですが、ようやく今年の春ごろから会社の経営に力を入れられるようになったので、今はあと5年で次にバトンタッチできる準備をし始めているところです。

事業承継にあたって1番思い出深い内容があれば教えて頂けますか。

先代が急死して、苦労はたくさんあったんですが、それも周りに分かち合える従業員の子たちがいたので、辛いわけではなかったですね。

ただし、やはり第三者承継は難しいということを感じました。創業家しか株を持っていない状況で第三者が承継するということは、どうしても大変になってしまいます。私の場合、役員の継承であれば利用できるはずの助成金や税金の優遇を使えなかったということもありました。ただし、近年親族承継は減ってきていますし、承継予定の子供に事故があったケースなども考えると、第三者承継を無視することはできませんよね。
変な言い方になりますが、もし私のような立場の人間がいなければ当社は既に倒産しているでしょうし、そうすると結局120人の従業員の生活を破綻させることになりますので、常に承継し得る人間を育てておく必要は感じています。

加えて、当社の場合は先代が急死でしたので、従業員のメンタル面は気がかりでした。そうは言っても私自身は戦略的に何かができたわけではなくて、先代に恥じぬようにと掛け声を掛けたり、自分が率先して働いている姿を見せたり、というくらいでした。けれど私がそういう状態だということを感じ取って、本当は辛いはずの本社のスタッフたちがパートさんたちのケアに走ってくれたのは大きかったですね。そこは本当に従業員に恵まれたと思っていて、感謝しかないです。

考えてみると、これはやはり先代の力でもあったと思うんです。先代はすごく仕事に対して一生懸命で、当社の経営理念である「誠心誠意・環境づくり・人財づくり」をしっかり教育していました。先代の葬儀のとき、本社スタッフが全員きちんと喪服を着て、参列者の方に丁寧に対応したことは、後々多くの方々に大変お褒めいただけました。そうした風に各人が主体的に動いてくれたのは、もしかしたら先述した理念教育であったり、先代と私と一緒に従業員に関わってきた姿勢であったりが、みんなの中にあったからではないかと思います。

承継後、ご尽力して取り組まれたことがあればご教授いただきたいです。

去年はまだコロナ禍の中でちょうど先代の喪中でもありましたので、私が四代目に就任しましたというご報告も本当にハガキ一枚で、去年一年間はあまり活動ができなかったんですね。承継の手続きなどで手一杯になっていた部分もあります。

そこで今年に入ってからは私が社長になりましたということを積極的に告知していかなければいけませんし、それまで私は会社の内部しか担当していなかったのですが、新しく外部との関係を構築する必要があるので、社長業と言われるロビー活動というのは今年に入ってから一生懸命しています。例えば地元の経済界の方々との交流だとか、そういったことですね。

最後に、事業承継を取り組んでいる、後継者・経営者にメッセージをお願いします。

これは驚きだったんですが、私が承継してから、お父様の会社を継ぐという特に女性からご相談を受けることが凄く多いんです。

やっぱり事業承継について、女性の従業員承継というのは男性の承継に比べて少ないという面もありますし、ビジネスの世界では過去に比べて減りはしましたが、まだまだ女性だから不利ということもありますので、順序立てて計画的に継承を進めてほしいと思っています。

具体的には、税金などの計算ももちろんありますが、他にはロビー活動であったり、人脈作りであったり、会社の数字関係の把握であったりは、必ず承継にも直接関わってくるので、早い段階でそうした会社の内部事情を把握することがとても大事ですね。

本当に承継に対する気持ちがあって、なおかつ計画的に進めていけばできることですので、女性にも事業承継の道が開かれてほしいということを願っております。

 

ディレクター/桐谷晃世