事業承継において、現経営者(親)と後継者(子)の間に立って「想いのすり合わせ」を行うことは、最も重要であり、かつ最も困難なプロセスの一つです。 特に親族内承継においては、「家族だからこそ言えないこと」や「長年の関係性からくる感情のもつれ」が複雑に絡み合い、スムーズなバトンタッチを阻むケースが後を絶ちません。
今回インタビューにお答えいただいたのは、アライ中小企業診断士事務所 代表の荒井 翔太氏です。
理系大学院を修了後、大企業での勤務を経て、親族が経営するお酒の卸売会社(業務用酒類卸売業)に入社した荒井氏。そこで彼は、「叔父(社長)」と「再従兄弟(後継者)」の間に立ち、事業承継のリアルな現場で「親子のすり合わせ」に奔走することになります。 その貴重な実体験から何を学び、なぜ現在は中小企業診断士として、さらには浦和で「コワーキングスペース」の運営というリアル事業に挑戦しているのか。 荒井氏のキャリアの変遷と、独自の「地域・サードプレイス」への想いを伺いました。
- 1. 荒井氏のこれまでのキャリアと、事業承継の分野に関わることになったきっかけについてお聞かせください。
- 2. どのような経緯で入社されたのですか?
- 3. 入社後はどのような業務をされていたのでしょうか?
- 4. 社長と後継者の間に入っての「すり合わせ」。まさに事業承継の最重要課題ですね。実際にやってみていかがでしたか?
- 5. そのご経験の中で、「事業承継士」や「中小企業診断士」の資格を取得されたのですね。
- 6. 親族の会社を退職された後、すぐに独立されたのですか?
- 7. 独立されてから、どのようなご支援をされているのでしょうか。
- 8. 荒井氏のお話を伺っていると、「地域」というキーワードが何度か出てきます。もともと地域貢献への想いが強かったのでしょうか?
- 9. 2025年、さいたま市浦和に「コワーキングスペース ヒトトキ浦和」を開業されました。コンサルタントでありながら、なぜ「場づくり」という事業に挑戦されたのでしょうか?
- 10. なぜ「サードプレイス」に着目されたのですか?
- 11. 数ある地域の中で、「浦和」を選ばれた理由は?
- 12. 実際にコワーキングスペースを運営されてみて、いかがですか?
- 13. 今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか?
- 14. 最後に、今後の抱負と、読者へのメッセージをお願いします。
荒井氏のこれまでのキャリアと、事業承継の分野に関わることになったきっかけについてお聞かせください。
はい。私は理系の大学院まで進み、その後、会社員として働いていました。転機となったのは、親族が経営している会社に入社したことです。
私の叔父が社長を務める、埼玉県内を拠点とする業務用酒類卸売業でした。主に飲食店さんに向けて、生ビールの樽や日本酒、ワイン、あるいは味噌や醤油といった醸造品を卸している、売上規模で十数億円、従業員がパート・アルバイトを含めて100名弱という規模の中小企業です。
どのような経緯で入社されたのですか?
当時、叔父(社長)の息子、つまり私の再従兄弟が「常務」として働いていました。叔父が70歳に近づき、いよいよ事業承継(世代交代)を本格的に考えなければならないタイミングだったのですが、叔父から見て、息子にそのまま会社を任せることへの不安があったようです。 「人柄は良いのだけれど、経営者として会社を引っ張っていけるだろうか」と。
そこで、「息子の右腕として、経営をサポートしてやってくれないか」と叔父から声をかけられ、入社を決意しました。
入社後はどのような業務をされていたのでしょうか?
一社員として入社しましたので、最初は現場の仕事が中心でした。飲食店さんへの営業活動はもちろんのこと、ご当地の原料を使ったクラフトビールの商品開発なども手がけ、展示会に出展して販路を開拓するといった業務も担当しました。
しかし、私の本来のミッションは「事業承継のサポート」です。 そこで、現場の業務と並行して、社長である叔父の「やりたいこと」や「会社の将来像」をヒアリングし、それを事業計画に落とし込む作業を始めました。 同時に、常務である息子(後継者)にも「自分が社長になったら何をしたいのか」をヒアリングし、二人の考えをすり合わせる役割を担うようになったのです。
社長と後継者の間に入っての「すり合わせ」。まさに事業承継の最重要課題ですね。実際にやってみていかがでしたか?
結論から言うと、個人的には「うまくいかなかった部分が多かった」と感じています。 10年近くにわたって二人とコミュニケーションを取り続けましたが、お互いのベクトルを合わせるのは本当に困難でした。
叔父(社長)の方は、ほぼ創業者に近いバイタリティを持っていて、「あれもやりたい、これもやりたい」と風呂敷を広げていくカリスマタイプでした。 一方の息子(後継者)の方は、「お父さんが作った会社だから、とりあえず自分が引き継いで回していく」というスタンスが強く、経営者として「どういうビジョンを描き、どう社員を育て、地域を良くしていくか」という言葉(言語化)を引き出すのが非常に難しかったのです。
「社長をやりたい」という気持ちはあっても、「事業として何を成し遂げたいか」という明確なビジョンが見出しにくい。これは親族内承継における後継者の多くが抱えるリアルな悩みだと思います。 私も間に入ってヒアリングを重ねましたが、私の力不足もあり、そこをうまく言語化して経営計画に落とし込むところまで導き切れなかったという悔しさがあります。
そのご経験の中で、「事業承継士」や「中小企業診断士」の資格を取得されたのですね。
はい。大企業から中小企業に移り、経営のバックグラウンドが全く違うことを痛感しました。まずは中小企業の経営全般を体系的に理解する必要があると考え、「中小企業診断士」を取得しました。 さらに、親族の会社がいよいよ本格的な事業承継のフェーズに入るタイミング(2019年頃)で、事業承継の専門的なプロセスを学ぶために「事業承継士」の資格も取得しました。
現在はその会社からは退き、客観的な立場から見守っていますが、あの「親子のすり合わせ」という泥臭くも難しい現場での経験は、今の私のコンサルティングの大きな土台になっています。
親族の会社を退職された後、すぐに独立されたのですか?
いえ、その後にもう一社、会社員を経験しています。 ソフトバンクグループの地域活性関連のベンチャー企業で、主に「ふるさと納税」に関わるサービスの開発などに携わりました。そこで地方自治体や地域の事業者の方々と仕事をする中で、改めて「地域」というテーマに向き合うことになりました。
そして約3年前、中小企業診断士として独立開業しました。
独立されてから、どのようなご支援をされているのでしょうか。
現在は「アライ中小企業診断士事務所」として、埼玉県内だけでなく、都内の企業様も含めてコンサルティングを行っています。 特定の業種に絞っているわけではありませんが、親族の会社での実体験があるため、やはり「親族内承継」における親子間のコミュニケーションの難しさや、後継者の孤立感には非常に共感できます。
経営計画の策定や財務の改善といったハード面だけでなく、現経営者と後継者の「想い」をどう翻訳し、つなぎ合わせていくかというソフト面のアプローチは、自分の強みとして活かせる部分だと考えています。
荒井氏のお話を伺っていると、「地域」というキーワードが何度か出てきます。もともと地域貢献への想いが強かったのでしょうか?
実は、元々は全くありませんでした(笑)。 新卒で入った会社がグローバル企業だったこともあり、地域との関わりは薄かったんです。 しかし、親族の「お酒の卸売会社」に入ったことで、価値観がガラッと変わりました。
そこは、地元の飲食店さん、酒蔵やメーカーさん、税理士さんなど、地域に根ざした「ウェットなつながり」でビジネスが回っている世界でした。大企業のようなスマートさはないかもしれませんが、私にはとても面白く、自分にフィットしていると感じたんです。 そこから、グローバル志向から「地域のリアルなビジネス」へと意識が向いていきました。
2025年、さいたま市浦和に「コワーキングスペース ヒトトキ浦和」を開業されました。コンサルタントでありながら、なぜ「場づくり」という事業に挑戦されたのでしょうか?
私自身、「コンサルタント」というアドバイザーの立場だけでなく、自らリスクを取って「リアルな事業」を運営したいという思いが強くありました。 そこで立ち上げたのが、コワーキングスペースという「サードプレイス(第3の居場所)事業」です。事業運営は「株式会社FIRE総合研究所」という法人で行っています。
なぜ「サードプレイス」に着目されたのですか?
私自身が会社員だった頃、家と職場の往復だけで、同じ会社の人としか価値観を共有できないことに息苦しさを感じていた時期がありました。 一方で、親族の会社で働いていた時は、社外の様々な業種の人とのつながりがあり、それが非常に良い刺激になっていました。
内閣府や大手人材会社の調査データでも、「職場でも家庭でもない『第3の場所(サードプレイス)』を持っている人は、幸福度(ウェルビーイング)が高い」という結果が出ています。 特に最近は、リモートワークの普及や、都心から埼玉に引っ越してきて「近所に知り合いがいない」という方も増えています。そうした方々が、会社以外の属性の人たちとフラットにつながり、新しい価値観に触れられる場所を作りたいと考えたのです。
数ある地域の中で、「浦和」を選ばれた理由は?
これは私の独断と偏見によるマーケティング戦略です(笑)。 まず、私が埼玉県出身(北部)なので、埼玉でやろうと決めました。大宮、浦和、川口を検討したのですが、私自身が「人が多すぎるところ」が少し苦手でして……。浦和は適度に落ち着いていて、かつ、ビジネス感度が高く、良いお客様層(客層)が集まるのではないかという仮説を立て、浦和での開業を決めました。
実際にコワーキングスペースを運営されてみて、いかがですか?
非常に面白いですね。10代の高校生や大学生から、リモートワークの会社員、フリーランスのママさん、働きながら資格勉強をするママさん、公認会計士や中小企業診断士の士業、さらには地元の不動産オーナーさんまで、本当に多様な方々が集まってくださっています。
コワーキングスペースの運営は「B to C(対 個人)」のビジネスであり、地域コミュニティづくりの最前線です。ここで得られる「リアルな事業運営の知見」や「多様な人々の人生観・価値観」は、中小企業診断士としてのコンサルティング業務に強烈なフィードバックをもたらしてくれます。 「リアル事業で得た経験をコンサルに活かし、コンサルの知見をリアル事業に還元する」。この好循環を回していくことが、私の理想のスタイルです。
今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか?
サードプレイス事業については、コワーキングスペースを足がかりに、今後はゲストハウスやシェアハウスなど、第2、第3の拠点を展開していきたいと考えています。
また、個人としての活動ですが、顔出しはせずにYouTubeでの発信も行っています。コワーキングスペースの利用者さんから伺った多様な「人生のキャリア」や「事業の悩み」を、個人が特定されない形で事例として発信することで、同じように悩んでいる誰かのヒントになればと思っています。
最後に、今後の抱負と、読者へのメッセージをお願いします。
私の根底にあるのは、「地域のリアルなビジネスに関わり、それを面白くしていきたい」という想いです。
事業承継という観点で言えば、親族内承継は「親子の感情」が絡む非常に難しいプロジェクトです。私自身、その難しさを当事者として痛感してきました。だからこそ、経営計画の策定といったテクニカルな支援だけでなく、「お互いが本当にやりたいこと」を言語化し、すり合わせるための「良き壁打ち相手」として、後継者の皆様をサポートしていきたいです。
また、現在運営している浦和のコワーキングスペースは、単なる「作業場」ではありません。
「リモートワークで孤独を感じている」
「地元で新しいつながりを作りたい」
「異業種の人と話して刺激を受けたい」
という方は、ぜひ一度遊びに来てください。定期的に交流イベントなども開催していますし、面白い人たちがたくさん集まっています。
編集後記
「親族内承継の現場」という、多くの専門家が「外から」しか見たことのない世界を、「中から」当事者として経験した荒井氏。 「うまくいかなかった部分もあった」と率直に語るその言葉には、事業承継のリアルな難しさと、だからこそ後継者に寄り添いたいという強い覚悟が滲み出ていました。
そして、その経験を経てたどり着いたのが、「コワーキングスペース(サードプレイス)」というリアルな場づくりです。 「経営コンサルタント」という枠にとらわれず、自らリスクを取って地域コミュニティを形成していく荒井氏の挑戦は、これから事業を継ぐ後継者にとっても、大きな刺激になるはずです。
埼玉・浦和から始まる、新しい「つながり」の場。荒井氏の今後の展開から目が離せません。
荒井 翔太氏
アライ中小企業診断士事務所・株式会社FIRE総合研究所 代表取締役 / 中小企業診断士 / 事業承継士
大学院修了後、NTTグループに勤務。その後、親族が経営する酒類卸売企業に入社し、現経営者と後継者の間に入り事業承継の実務に携わる。ソフトバンクグループの地域活性ベンチャーを経て、中小企業診断士として独立。 親族内承継のリアルな現場経験を活かしたコンサルティングを行う傍ら、2025年よりさいたま市浦和にてコワーキングスペース ヒトトキ浦和を開業。自らリアル事業を運営しながら、地域コミュニティの創出と中小企業支援の好循環を目指している。







