娘婿への事業承継では、直系卑属に比べると税制面での優遇が少なく、承継後の組織づくりについてもナイーブにならざるを得ないポイントが存在します。慎重に進めなければならない娘婿への事業承継。この記事では、承継時の注意点や、事業承継で利用したい補助金・融資についても詳しく解説しています。娘婿への事業承継を考えている経営者の方や、アトツギ候補の娘婿の方はぜひ参考にしてみてください。

娘のお婿さんに事業承継できる?

事業承継は大きく親族内承継と親族外承継に大別され、娘婿を後継者にする場合は親族内承継という扱いになります。親族内承継の多くは直系親族である息子や娘が後継者となりますが、娘婿に自分の会社を託したいと考えるケースも少なくないでしょう。

まずは娘婿への事業承継について概要を見てみます。

――◯娘婿への事業承継は親族内承継という扱いに

娘婿は血の繋がった家族ではないため、義理の息子とはいえ直系卑属であるとはみなされません。相続の権利を持った「被相続人」になることもないのです。被相続人でなくとも相続自体は可能ですが、相続によって娘婿が株式を取得した場合、直系卑属よりも重い税負担が課される可能性があります。

――◯直系親族ではないので税負担が重くなるリスクがある

直系親族の場合は相続税の負担額を抑える税制優遇制度が利用できるのです。

例えば相続時精算課税制度を利用した場合、①贈与時の税負担を延納させられる②相続時に課せられる贈与税から2500万円分の控除が受けられる、といったメリットがあります。

しかし、娘婿は直系卑属ではないためこういった制度の利用が認められません。仮に娘婿へ株式の譲渡を行ったとしても相続時精算課税制度が利用できず、延納も控除も利用できなくなってしまうのです。事業承継においてこういったハンデが生じてしまうと、余計な費用がかかってしまったり、それによって承継後の経営がスムーズに進まなかったりするでしょう。

娘婿への事業承継では、こういった点を加味した上で手続きを進めなければなりません。

――◯相続時の遺留分などに注意しないと経営権が分散してしまう

娘婿へ事業承継する場合は、経営者が保有している株式を娘婿へ譲渡する必要があります。株価は企業によってまちまちですが、事業に必要な資産の譲渡なども含めると非常に高額な相続が発生することになるのです。

本来は被相続人でない娘婿が高額な資産や株式を譲渡されることで、直系卑属や配偶者などから反発が生じる可能性も少なくはありません。血の繋がった娘や息子であればこういった反発も抑えやすいものですが、娘婿へ相続する場合は通常の相続よりもしっかりと「なぜ娘婿に株式や資産を託すのか」を説明できる必要があるでしょう。

また、相続人である経営者の意向はもちろん、後継者となる娘婿にも責任や自覚が必要になります。先代経営者が築き上げてきたものを受け継いでいくという明確な自覚と責任がなければ、他の被相続人からの反発を受けたときに対話で解決するのが難しくなるでしょう。

娘婿という立場上、ハード面だけでなく、周囲の親族との関係性といったソフトの面でも慎重に手続きをすすめる必要があります。

娘婿に事業承継する際の注意点と解決策

娘婿に事業承継する場合は、通常の親族内承継に比べて慎重に手続きを進めなければなりません。ここからは、具体的にどのような点に注意しながら事業承継すれば良いのか見ていきましょう。

――◯養子縁組や事業承継税制について理解しておく
→養子縁組しておけば贈与税の負担割合が通常の直系卑属への承継と変わらない金額になる。

先ほど紹介したとおり、直系卑属でない娘婿は相続時精算課税制度の利用が認められていません。娘婿の税負担を軽減するためには、娘婿を養子縁組に入れて養子という扱いにする手があります。養子であれば直系卑属と同じ扱いになるので、相続時精算課税制度の利用が認められるのです。

事業承継でかかる費用を抑える手段としてもう一つおすすめしたいのが、事業承継税制の活用です。事業承継税制を利用すれば相続税や贈与税の支払いが免除される可能性もあるので、ぜひ理解しておきたい制度と言えます。以下の記事を参考にして、事業承継の準備前に事業承継税制の条件やメリットを抑えておきましょう。

事業承継でかかる費用を知る 特例事業承継税制や補助金まで

――◯相続時精算課税制度と事業承継税制の併用がおすすめ
上記の事業承継税制に加えて相続時精算課税制度を利用するのがおすすめです。平成29年1月1日以後の贈与から、事業承継税制と相続時精算課税制度との併用が可能になりました。

例えば非上場株式の贈与を実施し事業承継税制の特例を受けた場合、もし、認定が取り消されたら、贈与税の税率は累進課税税率なので、通常の贈与税の負担額は高額になりがちです。

このリスクを低減するためにも、贈与時に相続時精算課税制度を選択しておくことをおすすめします。2,500万円の特別控除が活用できるだけでなく、税率も20%となるので贈与税額の負担が少なくなるのです。

――◯先代経営者以外の方から贈与を受ける場合も事業承継税制の対象

娘婿が株式譲渡を受ける際は「経営権を握れる株式数」を譲渡してもらう必要があります。経営上の決定をスムーズに行うためには100%の株式を保有しているのがベストですが、どうしても難しい場合は最低でも全体の50%の株式は保有しておきましょう。そこで問題になるのは株式の持ち主が分散している場合です。

50%以上の株式を取得するために株式の保有者から合意を得ておく必要があるので、前もって資金の用意や経営者と後継者の関係を構築しておくと良いでしょう。

また、このような株式譲渡にかかる贈与税や相続税について、以前は事業承継税制が適用できない状況でしたが、現在は複数の株主から株式を取得する場合でも事業承継税制が利用できます。ただし、5年間の特例承継期間内に贈与等に係る申告書の提出期限が到来するものに限るので注意が必要です。また、先代経営者以外の者からの贈与を先代経営者からの贈与と違う年に行う場合には、都道府県への認定申請が別途必要になりますので、同じ年に贈与を受けた方が、手続きは楽になるので覚えておきましょう。

――◯後継者以外の相続人にも配慮しないと相続税が高額に

相続税の計算は事業承継税制(納税猶予制度)の対象になった株式の評価額も含めて計算されます。つまり、後継者以外の相続人は自社株式の評価額を他の財産と合算して、相続税の計算をすることになるのです。

相続税の納税猶予制度は、自社株式を承継した人のみに適用される制度。後継者の税負担は猶予されるいっぽう、退職金の支給などを通して株価の引き下げ対策を行ってから贈与を行わないと、後継者以外の相続人の相続税も高くなってしまいます。こういった状況になると、他の親族から不満が生まれたり、事業承継の妨げになったりする可能性もあるのです。

事業承継税制が適用された場合、後継者は贈与を受けた時に無税で株式を取得します。その後、先代経営者が逝去した際(相続時)に相続税の納税猶予に切り替えることができるのです。

――◯相続時に揉めると遺留分減殺請求などで経営が立ち行かなくなる可能性も
このような状況に陥ってしまうと事業承継を成立させるまえに相続でつまづいてしまう可能性もあります。最悪の場合は遺留分減殺請求を受けて株式を渡すことにもなりかねません。事業承継をスムーズにすすめるためにも、あらかじめ法定相続人を集めて家族会議などを開くことをおすすめします。

娘婿への事業承継では、特に丁寧に相続を進めることで承継後の経営に対する後顧の憂いを取り払いましょう。

娘婿への事業承継はソフト面の引き継ぎが重要になる

娘婿への事業承継では、先述したとおりハード面での引き継ぎも重要です。しかし、直系の息子でないという点も踏まえて、人間関係や見えない資産である企業の文化などソフト面の引き継ぎについても意識しておかなければなりません。

ここからは娘婿への事業承継を成功させるために特に重要なソフト面の引き継ぎについて見ていきましょう。

――◯娘婿の教育体制を整えるのも先代社長のつとめ
娘婿は直系の息子ではないので、承継後に社内の幹部や従業員から反発を受ける可能性もあります。いきなり経営者として経営陣に立たせるのではなく、承継前に自社の業務や業界を理解してもらい、教育を施す必要があるでしょう。

社内からの信頼を勝ち取るためにおすすめなのは「新規事業を手がけさせて、実績を積ませる」ことが大切。後継者にとっての自信にもつながるうえ、社内の幹部からも一目置かれる存在になるでしょう。承継後に経営者を支える幹部メンバーから信頼を得なければ、事業承継がうまくいったとしてもその後の経営が上手くいかなくなる可能性があります。

先代経営者からのノウハウや人脈提供といった直接的なサポートも重要ですが、後継者が自信をもって経営の舵取りができるような環境を先代経営者が作ってあげることが一番のサポートと言えるでしょう。

――◯娘婿という立場ならではの悩みに寄り添ってあげる

娘婿という立場ならではの葛藤や苦悩も存在します。先代経営者がその悩みに寄り添ってあげることで、事業承継やその後の経営についても好影響をもたらすのです。

例えば、先ほど紹介した相続時の問題についても、直接の血縁関係にある被相続人から「なぜ後継者が娘婿なんだ」という批判を受けたとしましょう。先代経営者から見れば娘婿が適任だったとしても、周囲の被相続人にとっては不満がたまるでしょうし、後継者である娘婿本人にとっては重いプレッシャーがのしかかるでしょう。寄る辺ない気持ちになってしまう可能性もあります。

こういったネガティブな感情を支えてあげられるのは先代経営者しかいません。被相続人の合意を得るためには家族会議を開くのがおすすめですが、家族会議を開く場合もなるべく冷静に話し合いをすすめるために公共の場で親族を集めて、第三者として事業承継士などのプロフェッショナルを列席させるとよいでしょう。

「先代経営者は味方なんだ」と後継者が安心して経営に専念できるよう、環境を整えてあげるのが大切です。

――◯後継者を支えるための内部の人材を固める
事業承継後の経営を成功させるための秘訣は、後継者を支えるための内部人材を固めることです。

長く経営者を支えてきた役員や幹部とも入念にすり合わせを行い、新しく経営者として企業を牽引していく後継者を支えてくれるように合意を得ておきましょう。

事業承継によって経営者の代替わりが果たされると、経営革新が行われたり、新規事業の立ち上げが行われたりすることが多いです。そのため、自社内にいる人材だけではカバーしきれない分野も出てくるでしょう。その場合は幹部候補として外部から専門的な知識・ノウハウを有した人材を招へいすることで、さらなる経営陣のパワーアップが果たせるうえ、承継後の経営が確固たるものになるでしょう。

娘婿への事業承継は税金やソフト面の引き継ぎに要注意

娘婿へ事業承継する場合は税金などのハード面だけでなく、後継者のメンタルケアや環境作りなどのソフト面のサポートも欠かせません。通常の親族内承継よりも丁寧に手続きをすすめることで、事業承継が成功する可能性が高まります。

自社内だけで事業の引き継ぎを完了させるのは難しいので、事業承継に関するノウハウを有している事業承継士などのプロフェッショナルに依頼して、税制面だけでなく後継者のサポートなども含めた包括的なサポートを受けるのが得策です。