事業承継に取り組む中小企業を支援しよう、という動きが強まっているなか、水際で対応を行っているのが商工会商工会議所です。地域の中小企業や個人事業主が事業承継に必要な知識を仕入れたり、スムーズに補助金申請ができたりするように支援しています。事業承継に取り組もうと考えている方にとって、地域に根付いた商工会や商工会議所が支援してくれるのは心強いもの。この記事では、商工会・商工会議所が事業承継支援に乗り出している背景や、取り組んでいる支援施策の事例を紹介します。

事業承継の支援に注力する商工会・商工会議所

事業承継を行わなければ、経営者の老衰と共に中小企業や個人事業は廃業へと進んでいってしまいます。せっかくのノウハウや人脈、資産が失われてしまう廃業という選択は、地域経済はもとい日本全体にとっても大きなマイナスとなるのです。

中小企業庁が行った試算によると、このまま大廃業時代に突入した場合に失われる雇用は127万人とも言われ、日本経済に与えるダメージは計り知れません。こうした状況を防ぐため、各地の商工会や商工会議所は事業承継支援に注力し、魅力ある中小企業や個人事業主が事業を未来へ託すための施策を講じているのです。
――◯商工会・商工会議所はなぜ事業承継に注力するのか

先述したとおり、経営者の老化とともに企業が廃業を選ぶようになれば、127万人の雇用と22兆円のGDPが失われると見込まれています。新聞や各種メディアでも大きく取り上げられ、「大廃業時代」として話題を呼びました。

地域経済の発展を第一義とする商工会や商工会議所でもこの問題は重く受け止められており、事業承継問題を解決すべく中小企業庁や経産省、地方自治体などと連携を取りながら様々な対策が練られています。

――◯そもそも商工会と商工会議所とはなんなのか

経営者の中には、商工会や商工会議所の会員として活動している方もいらっしゃいますが、「相談したことはない」という方も少なくないでしょう。存在は知っているけれど、顔を出したことがない経営者の方にとって、事業承継支援を受けるために相談に行くのは少しハードルが高い可能性も。

商工会と商工会議所の違いはいくつかありますが、一言で言えば「規模の違い」です。商工会が町村単位の事業者を対象にするのに対し、商工会議所は市単位で事業者を支援します。支援内容も、商工会は経営改善を中心に行いますが、商工会議所は地方の中小企業や小規模事業者の海外進出も視野に入れた幅広い経営支援を行っているのです。

――◯商工会や商工会議所を活用する事業者の実態

中小企業庁が株式会社ドゥリサーチに委託した「小規模企業の経営課題等実態調査」には、中小企業や小規模事業者が商工会、商工会議所をどれくらい活用しているのか、という実態が記されています。商工会入会状況

上の図を見てみると、地方になるほど商工会や商工会議所へ入会している事業者は増加していることが分かります。商工会、商工会議所が地方の企業経営の要になっていることは間違いありません。

その上で、下の図をご覧ください。

利用状況

町村では8割以上の企業が加入していた商工会、商工会議所。しかし、経営支援サービスの利用状況については町村であっても6割程度にとどまっています。会員になっていたとしても、必ずしも商工会や商工会議所のサービスを活用するとは限らないのです。また、商工会や商工会議所が提供するサービスは多岐にわたりますが、どんなサービスがよく利用されているのでしょうか。

サービス

自治体の規模を問わずに利用されているのは、融資など資金調達支援に関するサービスでした。その他のサービスについては自治体の規模や人口数によって需要が異なることが分かります。これらを踏まえても、事業承継の問題は「経営者の老化」という課題に付随して訪れるもので、自治体の規模は関係ありません。

後継者不足に悩んでいる方は、通常の経営相談とは別で、後継者問題や事業承継について悩んでいることを相談してみてはいかがでしょうか。もちろん、これまで商工会や商工会議所を利用していなかった方でも相談できますし、非会員だからといって相談できないわけではありません

参考:小規模企業の経営課題等実態調査

事業承継に向けた商工会・商工会議所の取り組み

中小企業や個人事業主の廃業を防ぎ、事業承継を通して次の世代へバトンを渡すことで、資産やノウハウの価値がさらに引き出されると見込まれます。そんなメリットのある事業承継を推し進めるために、商工会や商工会議所がどのような施策を行っているのか、詳しく見ていきましょう。

――◯後継者塾

後継者が、引き継ぐ企業の経営陣としてすでに在籍していた場合は別として、多くの事業承継の現場ではしばしば後継者の経験不足が取り沙汰されます。そのため、事業承継を行う前に、後継者に対して入念な後継者教育を施す必要があるのです。

そもそも、事業承継のゴールは、先代が引退することでも、後継者が代表になることでもありません。後継者が自らの手で企業を牽引し、新たな価値の創造を通して経営を安定させることが本当のゴールです。

しかし、後継者の経験が不足している場合は、社内に不安や不信感が充満したり、先代がいつまでも手綱を離せずにいたり、といった問題が生じてしまいます。また、後継者が自分の能力不足を重く捉えてしまい、プレッシャーを感じて思うように経営の舵を切れなくなってしまうことも。こうなると、内部分裂や倒産の危機に瀕しやすくなってしまいます。

このような状況を防ぐために、商工会や商工会議所が主体となって「後継者塾」と呼ばれるセミナーを開催しています。後継者として備えておくべき経営のノウハウを学んだり、同じような不安を感じている後継者たちとの繋がりを作ったりする場として、多くの後継者が参加しているのです。

後継者塾への参加を通して、事業承継後の経営を安定させるためのスキルを養い、将来の取引先になるかもしれない仲間と出会うことができます。後継者教育に迷っている先代の経営者や後継者はぜひ以下の記事から詳細を確認しておきましょう。

――◯各種セミナーの開催

商工会、商工会議所は後継者塾以外にも様々なセミナーを開催して、事業承継に対するモチベーション向上ノウハウ提供を行っています。実際に事業承継を経験した経営者や後継者が登壇して当時の取り組みや心境を語ったり、事業承継の支援に携わっている士業者が登壇して、事業承継で突き当たる課題とその解消法を紹介したりと、様々な切り口で事業承継の悩みを解決するセミナーを開いているのです。

ぜひご自身の住んでいる自治体でも同様のセミナーが開催されていないか、「自治体名+商工会(議所)+セミナー」等で検索して、確認してみましょう。

――◯中小企業や小規模事業者の相談対応

商工会や商工会議所によっては、専門の士業者を設置して事業承継の専用窓口を開いているところも存在します。以下は東京商工会議所が設置している、事業承継専門の無料相談窓口です。

東京商工会議所

引用:東京商工会議所

「事業承継の必要性は分かっているけれど、何から手を付ければいいのか分からない」という事業者向けに、事業承継に特化した中小企業診断士がアドバイスを行います。

事業承継は5〜10年をかけて行う、いわば企業の大工事です。財務や税務、人事など様々な分野を横断的にまたぎながら経営者を交代するための準備を進めていくため、各分野の専門家から力を借りることになります。どんな手続きが必要で、どのタイミングでどの専門家に頼むのか、というグランドデザインができていると事業承継のイメージが湧きやすく、スムーズに取り組めるでしょう。

そのために、以下の記事で紹介している「事業承継計画表」を作成してみると、事業承継の全容が把握できるだけでなく、どのような課題が生じるのか事前に把握して準備を進めることができます。

精力的に事業承継支援に取り組んでいる商工会や商工会議所

ここからは、特に精力的に事業承継対策に取り組んでいる商工会・商工会議所やその活動内容をご紹介します。

――◯事業承継問題の解消に精力的な商工会・商工会議所を紹介

事業承継問題の解消はどの自治体にとっても目指すところです。商工会や商工会議所はそのために水際で様々な対策を講じて支援に乗り出しています。ここからは、特に精力的な姿勢で支援に取り組んでいる商工会・商工会議所とその取組を紹介していきます。

1.郡上市商工会

岐阜県郡上市の商工会は、事業承継問題をいち早く察知して支援を開始した商工会のひとつです。

2012年度に実施した全会員への訪問ヒアリングを通じて、後継者の不安を抱える中小企業・小規模事業者が全会員の2/3を占め、うち半数近くが廃業もやむを得ないと判断していることが分かり、郡上市内の中小企業・小規模事業者の抱える課題の中で将来的にも対応が必要となるものが事業承継であった。

上記の調査を経て事業承継支援の必要性に気づいた郡上市商工会は、従来通りの経営指導では将来の企業経営が立ち行かなくなると判断し、新たな支援スキームを模索します。そこで生まれたのが「小さな企業の明日創造委員会」。同委員会の取り組みは以下の通りです。

  •  同業種・異業種間での事業統合(M&A)や中小企業・小規模事業者を集合させた。
  •  作業団地を構成するとともに、新たな経営者候補を募集して経営面へのサポートを行うなど、従来の事業承継に関する支援とは異なる特徴を持たせた。

こうした取り組みを通して、地域内の小規模事業者の再編を目指しています。また、郡上市商工会では”どの事業を地域に残していくのかを見極める眼力(目利き力)と、事業性を高めながら地域の担い手につなげていく力”が事業承継支援に必要不可欠であると考え、経営指導員の資質強化にも注力しています。他地域の商工会・商工会議所にとっても参考にすべき事例のひとつと言えるでしょう。

また、岐阜県に設置されている商工会連合会では「プッシュ型事業承継支援事業地方事務局」を発足し、事業承継支援の体制を強化しています。セミナーの開催や事業承継に関する相談対応に加えて、専門家の派遣まで行っているため、気軽な相談から事業承継を済ませる上で生じる問題の可視化、解決策の模索までワンストップで対応してもらえるのが特徴です。

参考:郡上市商工会https://www.shokeisien-gifu.com/

2.東京商工会議所

東京商工会議所でも事業承継問題への対策として支援策を講じています。その一環として、先述した無料で専門家に相談できる「事業承継専門相談」を受け付けているので、関東近郊の事業者はぜひ相談してみてはいかがでしょうか。

「事業承継が必要なのは分かっているけれど、何から始めればよいのか分からない」という状態であっても、専門家が一から易しく解説し、自社の状況を鑑みて何から手を付けたらよいか、という点についてアドバイスを行います。中小企業が事業承継を視野に入れると、どうしても多くの課題に気づくものです。東京商工会議所が行う事業承継専門相談では、的確な助言を通して課題を整理し、ぴったりの支援メニューを提案してくれます。

専門家と二人三脚で事業承継の完了まで進み切るためにも、まずは商工会、商工会議所へ相談してみるのがよいでしょう。

参考:東京商工会議所

3.大阪商工会議所

大阪商工会議所では平成30年からの3年間を事業承継支援の集中取組期間として設定し、事業承継診断やセミナー等の意識啓発、事業承継相談デスクの設置などを通して地域の事業者や中小企業の事業承継を強力にバックアップしています。それぞれの取り組みについて、詳しく見ていきましょう。

◯事業承継診断

商工会・商工会議所の経営指導員による事業承継診断が受けられます。事業承継診断とは、

  •  中小企業における事業承継の準備状況や大まかな課題を抽出するものであること
  •  支援機関担当者が中小企業経営者と対面(経営相談、営業訪問等)で実施するもの

と定義されており、事業承継診断を通して自社が抱えている問題を可視化し、解決の糸口を模索できるのが特徴です。無料で受けられるので、ぜひ大阪商工会議所の管轄内の事業者は活用してみてください。

◯セミナー等の意識啓発

商工会・商工会議所の経営指導員による意識啓発のためのセミナーが開催されています。事業承継について詳しく知りたい方や、名前は聞いたことがあるけど具体的な内容を知らない方に対して、事業承継で必要となる取り組みや事例を交えて紹介しています。

◯事業承継相談デスク

大阪商工会議所内に事業承継に関する総合相談窓口を設置し、中小企業診断士等による専門相談を無料で実施。基本的に火曜日と金曜日の週2回、完全予約制でマンツーマンでの相談が可能です。

この他にも、大阪商工会議所ではベンチャー型事業承継の推進にも力を淹れています。ベンチャー型事業承継とは、以下の図の通り「事業承継後に新規事業などの新たな領域へ挑戦すること」を通して既存産業のイノベーションを起こそうとする事業承継のカタチです。

ベンチャー型事業承継

アトツギ候補の方に向けたセミナーの開催や、「アトツギソン」「アトツギピッチ」といった、後継者に焦点を当てた事業承継支援にも注力しているのが大阪商工会議所の特徴です。事業承継によって地域産業を発展させよう、という趣旨の実現に向けて精力的に取り組んでいる好事例と言えるでしょう。

参考:大阪商工会議所

4.新潟商工会議所

新潟商工会議所では、これまでも事業承継支援の一環として中小企業向けの事業承継セミナーを開催していました。しかし、「小規模事業者実態調査」 で、小規模事業者から「後継者向けセミナーも開催して欲しい」という要望を受け、平成29年度には小規模事業者を対象とした 「後継者塾」(全3回) を開催。

多数の参加者が集まって賑わいを見せたことから、新潟商工会議所の会員事業者だけでなく、非会員事業者に対しても開催案内を送ってみたといいます。すると、非会員事業者からも多くの参加申し込みがあり、管轄地域内の事業者における事業承継への関心の高さが窺えました

平成29年度の 「後継者塾」 が好評だったため、続く平成30年度も「伴走型小規模事業者支援推進事業補助金」を活用し、開催の回数を増加。また、平成29年度には実施していなかった「個別相談」も開催して事業承継に関する支援をさらに充実させていきました。

商工会や商工会議所の会員となっていない事業者も一定数存在する中で、分け隔てなく事業承継支援の門扉を広げた新潟商工会議所の取り組みは、各地の商工会・商工会議所にとっても参考となる一例ではないでしょうか。

また、こうした施策を通して商工会や商工会議所のメンバーとして名を連ねる事業者が増えれば、商工会や商工会議所が設置されている理由でもある「地域経済の発展」により寄与しやすくなることが予想されます。

参考:新潟商工会議所

5.浅口商工会

岡山県浅口市にある浅口商工会では、昨今の事業承継問題に対し、事業者一人ひとりの顔が直接見える商工会だからこそできる支援に取り組んでいます。取り組んでいる施策の内容は、主に「調査事業」「支援事業」の2つ。

調査事業は、1年間の経営状況を把握するためのアンケート調査に加えて、各事業者の巡回訪問を通じて数値では分からない詳しい実態についての調査も行っています。

支援事業について、浅口商工会では、“事業承継問題を考えるには後継者の家庭や人生設計から考える必要がある” との考えから、平成29年度に現経営者と後継者が揃って参加する 「家族で考える事業承継セミナー (全5回)」 を実施。

参加者は10年後の会社のあり方について、課題の認識や共有、計画の策定方法、先進事例などを専門家の指導のもとセミナー形式で学んでいきました。また、この機会を通して経営者と後継者との間で対話が進み、「普段はなかなか腹を割って話しにくいことについても触れられた」として参加者から好評を得ます。

続く平成30年度は、この支援事業をツーステップで実施。ステップ1は平成29年度と同様にセミナー形式で対話の場を作り、ステップ2では経営者と後継者の人生設計に焦点をあてながらビジョンや行動計画を作成するカリキュラムを組んでいます。

商工会が持つ「事業者にとって身近な存在」という特異性を活かした、魅力的な取り組み事例。「承継後も企業が存続していく」という事業承継の目的のためにも重要な、先代と後継者間の対話が生まれる仕組みづくりは、ぜひ他の商工会や商工会議所でも取り組んでいただきたい内容です。

参考:浅口商工会

――◯商工会や商工会議所が取り組む支援にはこんなものも!

商工会や商工会議所は地域に根付いたきめ細かなサポートを得意とする支援機関ですが、各地の商工会や商工会議所、自治体、よろず支援拠点などが協働して事業承継問題に取り組むために「事業承継ネットワーク」を形成しています。

ノウハウの集約化サポート内容の恒常的な改善を目的としており、全国の商工会や商工会議所も窓口として機能しているので、お近くの商工会、商工会議所へ相談してみることをおすすめします。

また、事業承継ネットワークの地域事務局として採択された19県と、独自事業として事業承継支援を行っている4県において、事業承継診断を受けられます。事業承継診断を通して、事業承継時に現れるであろう問題点や必要な解決策を提示してもらえるのです。以下の事業承継診断表を通して、セルフチェックしてみるのもおすすめ。ぜひご自分で自社の未来を考えてみてください。

事業承継診断

参考:事業承継診断表

事業承継は一人で悩まず相談することからスタート

事業承継を完了させるには多くの時間と労力が必要になります。自分一人で事業承継を進めるのは非常にハードルが高く、専門知識やノウハウが不足していると手続きを勧められなくなってしまいます。お金の問題だけでも、補助金や税制優遇を受けるために様々な知識が必要となるので、一人で悩まずに専門家へ相談するのがおすすめです。

その点、商工会や商工会議所といった地域に根ざした支援機関であれば、相談する際の心理的なハードルも低いのではないでしょうか。ぜひ商工会や商工会議所の専門家に事業承継の相談を持ちかけてみてください。以下の事業承継ネットワークから、支援機関を検索してみるのもおすすめです。

参考:事業承継ネットワーク│中小企業庁