会計の勘定科目には独特な言い回しが多々あり、M&Aで使われる「のれん」もその一つです。M&Aでは、企業の純資産額をベースにしつつ将来的な収益力を加味して買収額が決定されます。こうして純資産額に「上乗せ」される金額が「のれん」です。

通例「のれん」は正の値になりますが、純資産額より安く買収される、という例外的な場合は負の値になります。これを「負ののれん」と呼び、「負ののれん」は会計処理の上では特別利益として計上されます。この記事では、「負ののれん」の定義や発生する原因、会計処理の問題などについて、「(正の)のれん」と対比しながら解説していきます。

この記事で分かること

  •  「のれん」や「負ののれん」の概要
  •  「負ののれん」がなぜ特殊な勘定科目なのか
  •  「負ののれん」が生じるケース
  •  「負ののれん」が抱えるリスク

そもそも「のれん」とは?

ここでは「のれん」(とくに正の値の「のれん」)について基本的なポイントをまとめます。

「のれん」の定義

「のれん」は次の式で定義されます。

のれん=M&Aの買収価格-買収される企業の純資産額
※純資産=資産総額-負債総額

つまりのれんは「純資産と買取価格の差額のことです。M&Aの際に、純資産額に加えて支払われる「のれん」とは、実際のところ何を表しているのでしょうか。

「のれん」には超過収益力が表れる

のれんは「超過収益力」とも称され、目に見えず帳簿にも記載されない「ノウハウ」や「ブランドイメージ」「人材力」などの「見えない資産」を可視化した勘定科目です。これらは現在の資産を形成するもとになっただけでなく今後も収益を生む力を持つと考えられているので、企業が持つ「のれん」の価値は買い手企業によって変動するのが特徴です。

企業の買収価格は現時点の資産だけでなく今後の収益を見越して算定され、収益力が高いと目されるほど高額となるのが通例です。したがって、実際の買収価格から純資産を引いた額(=のれん)は「超過収益力」にあたると見なすことができます。

「のれん」は償却される

漠然と存在していた「超過収益力」がM&Aの局面で金銭に換算されたものが「のれん」です。そして、日本の会計基準では「のれん」は無形固定資産として減価償却の対象となります。

※この記事は「のれん」について予備知識がある方に向けたものです。先に「のれん」について理解しておきたい方は、以下の記事を確認してみましょう。

関連記事:「のれん」の由来と意味、会計処理について解説!

企業価値がマイナスされる「負ののれん」の正体とは?

「のれん」は通常「超過収益力」と見なされプラスの効果を持つものですが、反対に「企業にとってマイナスの効果を与えるもの」については「負ののれん」と呼ばれます。

負ののれんが付く場合、買い手は企業を市場価格より割安に手に入れることになるため、「負ののれん発生益」という特別利益を組み込み、帳簿価額を合わせます

ただし、買収で大きな額の「負ののれん」が生じると見込まれる場合には、会計基準によって資産と負債の把握を十二分に行うことが求められています。「負ののれん」は公的にも特別なものとして捉えられているわけです。

「負ののれん」は「訳アリ」の証?

「のれん」が負の値になるのは、企業が、保有する純資産額よりも低い値段で買収される場合です。

買収される企業は、取引関係や信用など、上で挙げたような無形の経営資源がまったく評価されないばかりか、純資産すら回収できません。

要するに、赤字続きで再建の目処が立たず確実に資産の縮小や負債の拡大が見込まれるような「訳アリ」の企業ということです。

買い手はその「訳」を承知の上で買収しなければなりません。例えば以下のようなケースです。

負ののれんが生じるケース:その1 簿外債務が存在する

簿外債務とは、帳簿には記載されていないけれど会社の債務として考えられる負の側面です。

  •  債務の連帯保証人になっている
  •  金融商品の含み損が残っている
  •  退職金や給与の未払い分が存在する

このように、その企業から「資産を持っていってしまう要因」簿外債務と呼び、簿外債務が多くある場合は、純資産額より安い価格で企業が売却されるケースも散見されます。このとき、負ののれんが計上されるのです。

負ののれんが生じるケース:その2 損害賠償請求を受ける可能性がある

企業が何らかのトラブルを起こし、損害賠償請求を受けている場合も、負ののれんは発生しやすくなります。

M&Aによって企業を取得した後に損害賠償請求を受けてしまうと、買い手がその費用を負担しなければなりません。

リスクヘッジのために、損害賠償額を差し引いた額で企業を買い取ることも多く、結果的に負ののれんが生じやすくなるでしょう。

「負ののれん」は会計においても異常な現象

実は負ののれんは会計基準においてもかなり特殊な例として知られています。

負ののれんの会計処理

負ののれんが生じると見込まれる場合には、次の処理を行う。(略)

(1) 取得企業は、すべての識別可能資産及び負債が把握されているか、また、それらに対する取得原価の配分が適切に行われているかどうかを見直す。
(2)(1)の見直しを行っても、なお取得原価が受け入れた資産及び引き受けた負債に配分された純額を下回り、負ののれんが生じる場合には、当該負ののれんが生じた事業年度の利益として処理する。

企業結合に関する会計基準 第33項より抜粋

つまり、「負ののれんは通常起こり得ないことだから、もし負ののれんを記帳する場合は見直しを行ってください」というルールが明確に設けられているのです。

その上、買い手企業にとって特別利益として処理されることも相まって、簿記会計の分野では奇妙な勘定科目として知られています。

「負ののれん」が生じる背景

単純に考えれば、廃業して資産をすべて売却すれば少なくとも純資産分は回収できるように思えます。

しかし、大量の物資を一度に売り払うことは難しく、「買い叩かれる」ことになるのが実情ですし、会社清算を行うにはそれなりのコストがかかります。

そのため、廃業よりも「負ののれん」の発生するM&Aが選ばれることがあります。

また、従業員の雇用維持を第一に考えるなど、合理性以外の理由で売却を選ぶオーナーもいます。

買い手側から見ると、その事業自体には収益性が望めないにもかかわらず買収する理由として、資産を割安で手に入れられるということもありますが、事業を別の形で活かす方策があるから買収すると考えられます。

「負ののれん」の利益で成長?

爆発的な成長を遂げていた企業が一転して大幅な減益に転じたケースがあります。

その企業は、「訳あり」企業を次々と買収して得た「負ののれん」の利益で帳簿上の純利益額を「かさ増し」していました。

「負ののれん」による「成長」を図るのは有効な手段ですが、その先に自社の繁栄が見えている前提がなければ、いずれどこかで資金がショートしてしまうでしょう。

M&Aを行う際は、その事業が自社にどのような利益をもたらすのか、多角的な視野で検討していかなければなりません。

まとめ

「負ののれん」は言葉の響きも独特ですが実態としても不思議な存在です。

事業の不健康さを表していながら、取得した企業の利益として計上されるという、矛盾をはらんだ概念です。

負ののれんが生じる場合には慎重な会計処理が求められますが、経営戦略の面でもリスクの高さを踏まえて検討しなければなりません。

まずは、この記事を参考に、負ののれんを理解しておくことが重要です。