創業100年を迎えた株式会社清華堂4代目社長の岡本諭志氏に表具屋の事業と新規に取り組まれた抗ウイルス・抗菌コーティング技術を事業化されたお話をお伺いしました。

執筆者:桐谷晃世

創業およそ100年の清華堂様ですが、その事業概要を教えてください。

今は三つの事業があります。

一つは表具加工事業といいます。
これは掛け軸や屏風、額縁などの修復をするもので、従来の本業にあたります。

もう一つはサニテーション事業といって、主にコロナ禍になってから展開している衛生対策に関する事業です。

もう一つアーカイブ事業に最近力を入れていますが、これはアート等に超高精細なスキャンをかけて、レプリカ製作したり、デジタル化したりといった保存に資する状態を提供をする事業です。

私どもの事業は当初は一つ目の表具業に限られていたのですが、時代に合わせて新しいものを取り入れてどんどん変化していきました。
これらの事業に通底しているのは、大事なものを守ったり直したりするような価値提供をしているという点ですね。
このように一本の筋が通っていれば、多少事業としてジャンルが違っても、どんどん挑戦していきたいというふうに考えています。

清華堂の目標として、「ふさわしさ」を楽しむ社会を実現したいという気持ちがあります。

例えば、美術品を修理するということは、それを「ふさわしい」状態にするということだと思うんです。掛け軸を作るときも、その絵に「ふさわしい」掛け軸を作りたいという思いが第一にあります。

あるいは衛生対策としての抗菌のコーティングも、日常の空間と違ったけがれたものを、従来のような「ふさわしい」状態に直すこと、と捉えています。
そうした「ふさわしさ」を楽しむ社会を構築していきたいですね。 

御社の強みについて教えてください。

まず日常的に美術品を扱ってるので、多角的な仕事も丁寧な作業を心がけています。

次に、保全の観点から言えば美術品には10年後100年後、あるいは1000年後を見越した処置が求められるので、保存性・持続性の高い処置に関しては専門的な知識を有していると自負しています。

そして業種的に一人親方が多い表具業でもあるので、徒弟制度の元で卒業した兄弟子さんにも手助けをしていただくなど、大きな規模の業務でも受けられる組織としての体制があります。

主にこの3点が大きな強みであると考えています。

岡本様は建設会社に就職されていましたが、Uターンされて家業を継いだ理由を教えていただけますか。

実は私は元々父親から「家業を継ぐな」と言われていたんです。
その理由としては、やはり表具業という業種自体が斜陽だから大変だということでした。

ではなぜ表具業が扱う掛け軸や屏風が廃れていくかというと、床の間、和室がなくなってきたということが背景にあり、根本的には和のライフスタイルが斜陽になっているのだと考え、そこからハード面に興味を抱いて建築学科に入学しました。

その建築学科で大学院に進んだころ、同級生に建築家の息子がいたんですね。
彼が非常に小さい頃から英才教育を受けていて、私が求めていた知見に幼くして辿り着いていたということを知ったとき、自分も表具業者の息子という特質を活かせるのではないかと思い立ち、家業に進むことを意識しました。

そのときに初めて、家業に戻るということではなくて、家業へ進むという心の切り替えができたんです。そうした前向きな気持ちのまま、四年半ほど区切りのいいところまで実務経験を積んでから家業に携わりました。

承継された後の岡本様による新たな取り組みについてお伺いしたいです。

 先述した衛生対策というのは、コロナ禍になってから推進した事業です。
元々コロナ前から準備していた技術であることもあって、社会の変化に合わせてスムーズに展開することができました。

事業を始めた当初、実績が全然ない中でいきなり近鉄電車(関西の私鉄会社)の電車2000両に抗菌処置を施すという依頼を受けました。
かなり大がかりな仕事でしたが、繋がりのある職人さんの助けも得て、どうにか成功させることができたんです。
それから実績が実績を呼び、日本航空の全空港施設や、あるいはオリンピック会場でもあった新国立競技場6万席に対するコーティングへも施工することができました。

最後に事業承継で悩んでいる跡継ぎの方々にメッセージをお願いします。

やはり日本の産業というものは多岐に渡っていて、特にニッチな産業ですと、斜陽産業だから継ぎたくないと感じている人もいると思うんです。

けれどもこういう変化を求められる時代には、どんな業界であってもどんどん新しいことに挑戦していくことが基本です。むしろニッチであればあるほど変化が際立つという側面もあります。
掛け軸の会社が衛生対策をしているって、ストーリーとしても語りやすいじゃないですか。

同族の後継者には自分の基盤として幼い頃から見聞きしていた家業の原風景がありますので、そうした世の中の変化に順応して、イノベーションを起こしていく素養があると思うんですね。イノベーションは「既存の知と既存の知の組み合わせ」と言ったりしますから。

それが事業承継した経営者と、二つの既存の知をいきなり探さなければいけないゼロからの企業家の違いであって、事業承継はとても可能性のある魅力的な人生の判断なんじゃないかと思っています。