創業55年の伝統を持ちつつ、業界では若くフレッシュな柔軟性を持ち味とする株式会社マルセン醤油の5代目アトツギである伊藤 悠介様にお話を伺いました。

まず、創業55年を迎える株式会社マルセン醤油の事業概要についてお聞かせください。 

 株式会社マルセン醤油の主な事業としては、醤油と味噌を中心にめんつゆや焼肉のたれなども含め、山形の特産品を販売しております。

 直販や卸、自社ECサイト等で、老若男女問わず幅広い方に愛されております。

創業当初も今と同じ分野の事業を展開されていたのですか。

 そうですね、初代である曾祖父が山形の大手醤油会社で働いていて、そこで独自に行った研究を基に独立したのが始まりと聞いております。

 ただ創業時はやはりお客さまが付いていなかったので、山形と宮城を中心に各地を車で回って、選挙カーのようにマイクで宣伝していたそうです。

当時は瓶回収なんてなかったので、空き瓶を買い取る代わりに醤油を買ってもらう、なんて手法も取っていたようですね。

 貴社の強みについてお伺いしたいです。 

 強みはやはり創業当時から変わらない味でしょうか。私としても幼いころから親しんできた味ですが、数ある醤油の中で一番おいしいと自負しています。

 それと創業55年というと老舗のような印象を与えるかもしれないですが、醤油業界で見ればうちはとても若い会社なんです。この業界、江戸や明治から続いている会社が珍しくないんですよ。

 ですので当社は日本で最年少というレベルで若く、新しい技術や方針を柔軟に取り入れやすいという強みがあると思っています。

 伊藤様が家業に戻られた時期と家業に入られたきっかけをお伺いしたいです。 

 入社したのは2022年9月で、同年4月に大学を卒業してからの5か月はアルバイトやネットビジネスをしつつ将来について考えていました。

 私は元々家業を継ぐこと自体は決めていたのですが、イメージとしては5年か10年ほど他の会社で修行するつもりでいました。

 ただいざ卒業してみて、醤油屋に必要なスキルってなんだろうと(笑)。そのイメージがあまり付かなかったので、結局醤油について一から学ぶつもりで家業に入ったんです。

これまでに家業を継ごうと考えてきた理由をお伺いしたいです。 

 物心ついたときから、家業の商品が好きだったんですよ。

 小さいころから日本一のおいしさだと思っていて、成長してから他企業のものと食べ比べても、やっぱりうちの醤油や味噌が一番だと確信できました。

 ただ地方の小さい会社なので売り上げとしても認知度としても高くはなくて、そこで味も人気度も日本一の会社にしたいと思って、家業を継ぎたいという気持ちを抱いていました。

 幼稚園のころの夢なんかでも、他の児童が「仮面ライダーになりたい」なんて書いているなか、私は「マルセンの社長になりたい」と書いていましたから(笑)。

 現在アトツギとして取り組まれている事を教えてください。

 まず一つ目に、「すだちだし醤油」の新規プロジェクトの立ち上げがあります。

 私は農学部卒業で、大学時代に授業の一環として「ファームステイ」というものに参加し、徳島のすだち農家さんのもとで1週間お世話になりました。

 そこで初めてすだちと出会ったのですが、その農家さんが魚や冷奴から味噌汁まで、なんにでもすだちを絞るんです。そしてそれが本当においしくて、家業の醤油にもうよく合うんじゃないかと感じたんですね。

 その感動を広く伝えるため、現在徳島のすだちと当社のだし醤油を掛け合わせたすだちだし醤油のプロジェクトを進めています。開発はもう完了していて、デザインなども決めていて、まもなくクラウドファンディングのページを立ち上げるところですね。

 そして二つ目は純粋に勉強することです。

 私はこれまでずっと商品の小売販売をしてきたので、実を言うと栄養や製法に関する知識が薄いんです。

そこで理解を深めるため、現在は味噌に関わる資格3つの取得を目指しています。本当は醤油のものも取りたかったのですが、そちらは公的な資格がなくて……とにかく自社製品に関係するものをなるべく早く取りたいですね。

やはり、私なら醤油や味噌について詳しい人から買いたいと思うので、短くても勉強する時間を作るというのは大事なことだと思っております。 

「すだち醤油」の魅力をお伺いしたいです。

 既に「すだち醤油」と銘打った商品はあるんですが、そういったものは醤油に対してすだち20〜30%の割合で作られています。

 ですから商品の裏面の原材料、あれは配合が多い順に記載されるのですが、すべて「醤油」「すだち」という順番になっているはずです。

 一方で当社の製品は徳島のすだちの味と香りを再現することを目指して、色々な試行錯誤の末、醤油に対してすだち150%という分量に行き着きました。なので原材料の記載も「すだち」「醤油」なんです。

 これまでと違ったまったく新しい感覚の商品として、全国のお客さまにはもちろん、徳島のすだちを栽培している方々にも喜んでいただければよいと思っています。

 現在実施されている事業承継の準備があればご教授いただきたいです。 

 インプットできる環境に身を置いている、ということが一番の準備ですかね。

 全国の後継ぎさんが集まるプロジェクトに参加してみたり、山形県内でもそうした繋がりを意識することで、後継ぎとしての意識を持つことができていると思います。

 今後の展望をお伺いしたいです。 

 具体的にはアトツギ甲子園というイベントに次回挑戦するので、そこに向けて自分の想いをはっきりさせていきたいです。

 それと大きな目標として、「醤油のアップデートをしたい」という気持ちがあります。

 醤油って、まだまだポテンシャルがある製品だと思うんです。たとえば会社ごとに何が違うのか分からないし、パッケージも全部似ているし、意識して選ぶものでもない、というイメージがある人はたくさんいると思いますが、そうした人たちに驚きを与えたい。

 加えて大手の醤油会社のように、海外進出も考えていきたいです。

海外だと味噌は「miso」ですし、抹茶もこれまで「Green tea」表記だったのに対して「Matcha」も普及してきているのですが、醤油はいまだに「Soy sauce」じゃないですか。そこをれっきとした日本文化の一つとして、「Shoyu」に変えていきたい。

そういった展望をひっくるめて、マルセン醤油で「醤油のアップデート」を果たしたいと思っています。

 最後に、事業承継ラボの読者にメッセージをお願いします。

 アトツギとしての仕事って、再現性が全然ないし、会社を背負うプレッシャーはすごくあるし、時代に合わせたアップデートが必要になってくるので、とても難しいものだと思います。

 ただ難しいからこそ、答えがないからこその面白さというものは間違いなくあるはずです。アトツギというのはとても限られた特別な経験ですから、楽しんでいきましょう。