事業承継を行う際、事業者側、支援事業者側それぞれに課題があります。さらに後継者は、財政面、経営面に関わる課題をクリアしていく必要があります。
この記事では、事業承継に関する多くの課題を承継前・承継時・承継後に分けて解説します。あわせて事業承継に関する支援策も説明します。
事業承継には専門的な知識が必要ですので、専門家に相談するのが近道です。これから事業承継を行う経営者の方々は最後まで読んでみてください。この記事がスムーズな事業承継を行うための一助になれば幸いです。

数十万の団塊世代が引退時期にさしかかる

本章では、中小企業庁の調査結果を用いて事業承継における現在の状況を説明します。大企業と違った中小企業に特有の課題により、経営者の交代はスムーズにいかず経営者の高年齢化が進んでいます。そのため事業承継の推進が重要になっています。

半数以上が廃業予定

中小企業庁の調査結果(平成28年11月)によると、60歳以上の経営者の内50%が廃業予定であることが分かりました。
廃業理由のトップ3は、以下の通りです。

「はじめから自分の代でやめるつもりだった(38%)」
「事業に将来性がない(28%)」
「後継者がいない(29%)」

また、廃業予定の企業の内、3割が法人経営者、7割が個人事業社であり、企業規模が小さいほど廃業の理由が切実であることを示しています。廃業を決めていないが後継者が決まっていない企業も22%あり(まだ後継者を決める必要のない会社を除く)、後継者選びに苦しんでいる企業が多い状況です。
【出典】中小企業庁|中小企業庁長官 平成31年 年頭所感

将来性が見いだせない

廃業予定理由の上位2つ「はじめから自分の代でやめるつもりだった(38%)」、「事業に将来性がない(28%)」は、どちらも「将来性が見いだせないから廃業する」と言い換えられます。

また経営者の年齢が高いほど、投資意欲の低下やリスク回避性が高まる調査結果があるのです。つまり、現経営者の経験やノウハウを活かしつつ、若い後継者の考え方を組み合わせることで、廃業せず会社を継続できる展望を見いだせる道も残されているかもしれません。

事業者の課題

前章で廃業を考えている中小企業の経営者が多いことを説明しました。しかし、廃業予定の企業の中には、「現時点の業績が良く、今後10年の事業将来性も期待できる」と回答している企業もあります。「儲からないから廃業」という簡単な構図だけではありません。ここでは事業者側が抱える課題について説明します。

業績の良い企業・個人事業主も廃業を選択している

中小企業庁の調査結果(平成28年11月)によると、廃業予定企業の内3割の経営者が「同業他社よりも良い業績を上げている」と回答しています。
また今後10年間の将来性についても、4割の経営者が「少なくとも現状維持は可能」と回答しています。つまり、「業績が悪いから廃業する」という単純な構図だけではありません。業績の良い企業が廃業することになれば、企業の技術やノウハウ、雇用機会を失う可能性があります。これは日本にとって重大な損失と言えるでしょう。

事業承継を進めていない

また、過半の企業で事業承継の準備が進んでいないことが明らかになりました。
事業承継の準備とは「後継者の決定、株等の資産の整理、後継者への資産移転、関係者との調整等」です。

関連記事:事業承継の準備 事業承継の計画を立てる手順や考え始めるべきタイミング

70歳代の経営者が代表の企業の内、事業承継の準備が完了している割合は49.5%です。80歳代以上の場合でも47.7%です。

準備項目の中でも、後継者の決定、資産の整理・移転が終わっていない企業が多いことが分かりました。つまり、中小企業の事業承継において、「後継者の決定」と「資産の整理・移転」が大きな課題となっています。

相談相手が見つけられない

後継者を決定する際の相談相手を調査したところ、最も多い回答が「相談相手はいない(36.5%)」でした。つまり、中小企業では事業承継問題を抱えているのに、掘り起しができてない状況です。

一方、中小企業庁では、ワンストップ窓口として「よろず支援拠点」を全国に設置しています。相談の多い内容は、「売上げ拡大(64086件/年)」、「施策活用(19546件/年)」、「事業計画策定(14886件/年)」、「経営改善・事業再生(13716件/年)」です。
上位4件で全体の46%を占めます。
事業承継に関する相談は約2000件/年で全体の約1%しかありません。 顧問税理士や公認会計士に相談するのもよいですが、事業承継の専門家である「事業承継士」へ相談してみることで、現状が打破される可能性は十分にあります。後継者探しから育成、税務にかかわる内容まで幅広く対応できる事業承継のエキスパートに相談すれば、事業存続の糸口がつかめるかもしれません。

関連記事:事業承継士の資格取得は難しい?仕事内容や受験資格を徹底解剖!

解決しないと思っている事業者も

廃業時に誰も相談しなかった理由も明らかになっています。

「相談しても解決するとは思えなかった(40%)」
「相談しなくても何とかできると思った(22%)」
「企業のことは誰にも相談しないと決めていた(18%)」

といった内容で、全体の8割を占めています。

8割以上の経営者が積極的に専門家等に相談するモチベーションがなかったという結果です。事業承継問題(廃業を含む)について、相談しても解決しないと考えている事業者が多いことを示しています。

支援事業者の課題

前章では事業者側の課題を説明しました。本章では支援事業者の課題を説明します。支援事業者とは、金融機関、仕業専門家(税理士、会計士、弁護士、診断士)、商工会議所、自治体などをさします。各機関のヒアリング結果から明らかになった課題は以下の通りです。

支援機関が苦手意識を持っている

身近な支援機関に相談したい事業者と、逆に相談したくない事業者に二分されることが明らかになりました。
相談したくない理由として、「金融機関に相談した場合は融資に影響するのでは」、「商工会議所に相談した場合は情報漏洩を心配するのでは」という回答がありました。

しかし、実は経営者が高齢化していけばいくほど、金融機関からの融資は降りにくくなります。むしろ、若く未来のある後継者へ事業承継する予定である、と説明できたほうが融資も降りやすくなるので、事業の今後を見据えるのであれば事業承継を前向きに検討する必要があるでしょう。

一方、相談される支援機関にも課題があります。事業承継はセンシティブな問題を含むことが多く、かつ専門知識も必要であることから、苦手意識を持っている支援機関が多いことが分かりました。
また、各支援機関は事業者の相談を個別に対応しており、支援機関の間で連携が図れていない状況でした。

小規模の領域は進んでいない

後継者がいない場合の解決策の1つとして中小企業のM&A(企業の合併や買収)があり、M&A件数は増加傾向です。

関連記事:事業承継をM&Aで成立させた件数は増加傾向に!M&Aの手順についても紹介!

しかし、地域金融機関による事業承継支援は年商3億円以上の案件がほとんどです。
年商が小さいと手数料が小さくなることが理由として挙げられます。近年、年商1〜3億円の案件を扱う民間業者が現れつつありますが、年商3億円以下の中小企業を扱う担い手が圧倒的に足りてない状況です。
なお、年商3億円以下の小規模企業数は約325万社であり、その内約58%が個人事業主です。この場合は、M&Aではなく「後継者斡旋等」の支援が有効です。

事業引継ぎ支援センターの課題

後継者不在の中小企業と経営資源を引き継ぐ意欲のある中小企業等を支援するため、事業引継ぎ支援センターが47都道府県に設置されています。所属の専門家が事業引継ぎに係る課題解決に向けた助言、マッチング支援を実施しています。

発足以来約1万4千社の相談に応じ、550件を超える事業引継ぎを実現しています。しかし、実際には小規模案件が多く、コスト面で折り合いがつかないケースが多いのが実情です。

このため、平成28年度から小規模案件を扱う士業法人が登録機関に追加されました。現時点では約100名が登録されており、さらなる登録数の拡大が喫緊の課題です。

後継者の課題

廃業理由のトップ3は、「はじめから自分の代でやめるつもりだった(38%)」、「事業に将来性がない(28%)」、「後継者がいない(29%)」であり、後継者に関しても大きな課題となっています。後継者が見つからないケース、後継者の能力が不足しているケースに分別されます。

後継者候補が見つからない

35年以上経営に携わっている現経営者と先代経営者の関係を調査すると、親族である割合は9割を超えています。しかし、経営を引き継いで5年未満の場合は、親族以外である割合が6割を超えています。

そもそも親族に後継者がいないこともあり、親族に限らず後継者を探す企業が増加しています。経営者の高齢化が進む状況で事業承継をスムーズに行うためには、親族内だけでなく、親族以外の役員・従業員、または社外の第三者への継承も対象にして考える必要があります。

後継者の能力不足

後継者がいても能力が不足しているケースもあります。現状では業績が良くて将来性がある企業でも、後継者の能力・スキル不足で業績が悪化することがあります。

また、事業承継を成功させるためには、長期的な視野での後継者育成が必要です。前経営者が干渉しすぎると能力を発揮できないばかりか、うまく経験を積めないまま時間が過ぎてしまう可能性もあります。前経営者の経験とノウハウ、後継者の新しい発想をうまく合わせて本業の競争力強化を行うためにも、早めの対応が大切です。

負担等の課題

事業承継を行う際には、事業承継の形態や企業の財務状況によって、後継者に様々な金銭的負担が発生します。相続税・贈与税の負担、個人保証の引継ぎ、自社株買い取りなどが該当します。それぞれ順に説明します。

相続税・贈与税の負担

事業承継が相続と関係している場合、相続税なども含めて相続問題が発生する可能性があります。この場合、事業承継を進める際に家族問題が絡み、センシティブな問題となります。

例えば、遺留分(配偶者や子供に対して最低限度の資産承継を保障する民法上の制度)を巡ってもめるケースがあります。
また、遺留分に従い株式が後継者に集中しなかった場合、事業を継続する上で問題が生じます。早めに専門家に相談し、遺留分権利者の合意を得ることが大切です。

個人保証の引継ぎ

個人保証とは、企業が金融機関から融資を受ける際、経営者自身(個人)が返済を保証することです。個人保証は日本独自の慣習です。

返済が滞った場合、返済を保証した個人が土地・建物、生命保険など、さまざまな財産を処分して返済にあてる必要があります。原則、事業承継時には、後継者が先代経営者の個人保証を引き継ぎます。
債務が後継者の返済能力より大きい場合、個人保証をそのまま引き継ぐと大きなリスクになります。そのため金融機関と交渉して最大限減らす必要があります。

自社株買い取りの資金不足

法人である企業で事業承継を行う場合、後継者が株式を買い取るのが一般的です。
しかし実際には自社株式のすべてを買い取るのはかなり困難です。

後継者の資金不足による対応策として、金融機関を活用したMBO(後継者が自己資金で法人を設立→設立した法人が金融機関から借り入れ→借入金で自社株を購入)日本政策金融公庫による融資事業承継税制を活用した贈与などが検討されることが多いです。

後継者がいない場合はM&Aを検討します。例えば、事業譲渡(会社全体ではなくある事業のみを売買するM&Aの手法)もありえます。

関連記事:M&Aの流れや手順を知りたい!M&AのポイントやPMIを分かりやすく解説

経営の課題

事業承継後の経営を安定化させる準備も検討しておく必要があります。主には株式の整理と雇用維持の確保です。各企業の状況により対処は様々ですが、専門性を要することが多く、実施には弁護士などの専門家に相談する必要があります。

経営権の分散

経営の安定化、及び継続性確保のため、後継者に自社株式を集中させておく必要があります。もし株式が分散していると、突然株式の買い取りを要求される、株主代表訴訟を起こされる等のリスクがあります。

実際には事業承継時に予め分散防止対策をしておかないと、後で株式を後継者に集中させるのは困難なことが多いです。具体的には、生前贈与、遺言書作成、信託を利用して株式を集中管理する等の対策があります。早めに専門家、及び相続人と相談しておくことが大事です。

株式の整理

古くから創業している中小企業の場合、株主と連絡がとれなくなってしまった株式があるかもしれません。名義株主の所在が不明なまま放置していると、突然所在不明株主が現れ、決議権の行使をされるなどのリスクがあります。

よって、以下の手続きで株式を整理しておくのがおすすめです。

5年以上連絡が取れない株主の株式は、3か月以上の異議申述期間の公告を行い、異議が無ければ処分を行うことができます。株式売却許可申立を行う際には弁護士等へ相談して行いましょう。

雇用維持

近年、後継者がいないなどの理由により、M&A等が活発になってきました。M&Aにより、資本力や営業力強化等、経営基盤の改善につながることが期待できます。しかし、従業員の雇用が守られるかが大きな課題になり得ます。企業文化や規則の違いにより、労働条件や業務内容の変化などもあり得ます。
場合によっては従業員の待遇が悪くなることもあります。M&Aを検討する際には、従業員の雇用条件について詳細に検討し、合意しておくことが経営者としての責任です。

事業承継の課題を解決するには

事業承継に関する課題を承継前・承継時・承継後に分けて解説しました。これらの課題をすべて解決してスムーズな事業承継を行うには、税制の優遇措置などの新制度を理解しておくことが大切です。その上で、専門家と相談して進めるようにしましょう。

税制の優遇措置が始まっている

【贈与税】
後継者が相続人全員の合意及び所定の手続きにより、
以下の民法の特例を受けることができます。
①生前贈与株式等を遺留分の対象から除外
②生前贈与株式等の評価額を予め固定

なお、平成28年4月より対象を親族外に拡充する等の改正法が施行されています。注目が集まっている事業承継税制の概要も見ていきましょう。

【事業承継税制】
非上場株株式に係る相続税・贈与税の納税猶予制度があり、後継者が、経済産業大臣の認定を受けた非上場中小企業の株式等を相続又は贈与により取得した場合、相続税・贈与税の納税が猶予されます。
雇用確保や5年間の事業継続の要件があります。なお、平成27年1月より、対象を親族外後継者に拡充する等の改正法が施行されています。
【資金調達の優遇制度も】
経営者の死亡等にともない必要となる資金の調達を支援するため、経済産業大臣の認定を受けた中小企業、及びその代表者に対して、以下の特例が設けられています。
親族外承継や個人事業主の事業承継を含めて、幅広い資金ニーズに対応しています。親族外後継者も対象です。
①中小企業信用保険法の特例
②株式会社 日本政策金融公庫法及び沖縄振興開発金融公庫法の特例

事業承継の相談をせずに廃業するのはもったいない

中小企業庁の調査結果(平成28年11月)によると、「事業承継について相談する人がいない」とお考えの経営者が多いことが判明しました。

事業承継には専門的な知識が必要なため、後継者が見つからず、かつ相談する人がいない場合、廃業という結論になりやすいかもしれません。後継者が見つからなくても、事業承継には様々な選択肢があります。相談せずに廃業するのはもったいないことです。
[ 出典 ]中小企業庁|事業承継に関する現状と課題について

事業承継時に専門家に相談しよう

事業承継の課題の解決するためには、最新の制度や専門知識を駆使して様々な可能性を検討すべきです。そのためには経営者個人だけでは対応しきれないのが実情です。
つまり事業承継を扱うプロに頼る必要があります。事業承継を扱うプロは独自のネットワークで成功に導いてくれます。後継者が見つからない場合でも、企業の価値を将来に引き継ぐことが、経営者本人のメリットだけでなく、社会のメリットにもつながります。ぜひ専門家と相談して事業承継を成功させてください。